fc2ブログ
コンテントヘッダー

コビートウェンティパート10




「失敗だったかな」
 彼がつぶやいた。
「失敗?」
 それを聞きそばの者が言った。
「いったい何が失敗だというのですか?」

 彼は深い溜息をつき、首を軽く振った。
「去年まで世界ではやっていた伝染病のことだよ」
 ああ、なるほど、という顔でそばの者がうなずいた。
「確か、一部地域で流行が確認された後、警告が出されたにもかかわらず、あっという間に世界中に広まりましたよねえ。パンデミックっていうんですか?一部の国では医療崩壊が起きましたし、都市封鎖を行なった国もありましたね」

「そうだ」
 彼は暗い顔をした。
 そばの者が重ねて言った。
「人々の往来は極端に制限され、おかげで深刻な経済危機が起こり、その影響は今も続いていますよね」
 

「うむ」
「そのこともあり、直接間接合わせて、伝染病による被害を受けた人はかなりの数になるでしょう」

「影響を受けなかった者は皆無ではないか?」
 彼は尋ねた。
「ええ、そう言って差し支えないと思います」

「そうだよな」
 彼はうなずいた。
「治療と予防法が確立したのは去年のことですから、流行から収束と言っていい状態になるのに三年以上も掛かりましたものねえ」

「そう、三年間も苦しんだ。三年もだ。三年も世界中の人間が様々な影響を受けた」
「そうです」

「だったら!」
 彼は叫んだ。
「もう二度とごめんだ、と考えるものなんじゃないのか?こういった伝染病では人種も国境も貧富の差もほとんど関係なく広がっていく。すべての人間が自分のこととして、身近な危機として、次はこんなことが絶対起こらないように、と考えるものなんじゃないのか?」
「はあ、まあ、理屈で言えばそうなりますが」
 彼の憤りにやや恐れをなして、そばの者がしどろもどろに答えた。

「ところがどうだ!依然、人類は伝染病対策で一つにまとまろうとしない」
「ええ、まあ、今のところは原因の追求と責任の擦り付け合いに終始してますね」

「共通の敵を作ってやれば、一致団結し、一つの世界を目指すようになるだろうと思ったのに」
「そのため、あの国のウイルス研究所の職員を操ったのでしたっけ。残念ながら、思った結果にはなりませんでしたようで」

 そばの者が慰めようとすると、彼は言った。
「いや、まだあきらめるには早い。ウイルス候補はまだまだある。一度で駄目でも、二度、三度となれば、きっと」
 彼の目は決意に燃えていた。
「主の思いのままに。今はまだ愚かな人類ですが、きっと一つになってくれることでしょう」
 そばの者が、背中の白い羽を広げ、かしずいて言った。


終わり

テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

このページのトップへ
コンテントヘッダー

コビートウェンティパート9




「で、奴はしゃべったか?」
 椅子に座ったまま、上官が聞いた。
「いえ、残念ながらまだです」
 机の前の直立不動の部下が答えた。
「依然として、自分一人でやった、と言い続けております」

「馬鹿な……」
 部下の言葉に上官はあきれた顔をした。
「お前たちはちゃんとやつを痛めつけたのか?」
 彼の疑念のこもった声に、部下は青ざめた。
「もちろんであります。定められたやり方を忠実になぞり、毎日休みなく拷問をしております。しかし、五日目の今日になっても、奴は黒幕について口を割らないのです」

「むーっ、かなりしぶとい相手というわけか。いったいどこの組織の工作員なのやら?」
 上官は首をひねり聞いた。
「身元調査はどうなってる?」
「はっ、それにつきましては依然調査継続中ですが、生物兵器研究所に提出されていた本人の身上書と、違ったところは一切見つかっておりません」
 部下は申し訳なさそうに答えた。

「奴はたった一人で、研究所からウイルスを持ち出してばらまいたと言ってるんだよな?」
 上官は少し考えた後、また、部下に尋ねた。
「どこぞに雇われていないとすれば、なぜそんなことをしたのか、何か理由を言ったか?」
 部下はかぶりを振った。
「いいえ、それにつきましても固く口を閉ざしており、自分がウイルスを漏洩させたこと以外、何もしゃべりません」

「くそーっ」
 上官は苦虫を食い潰したような顔をした。
「それじゃ何も進展なしか。何としてでも口を割らせねばな。奴に身内はいるか?」
 部下は答えた。
「奴に妻子はおりません。両親もすでに亡くなっているようです」

「天涯孤独の身か。ではそっちは無理か」
 どうやら身内を拷問にかける、と脅すことで口を割らせるつもりだったらしい。上官は落胆した。
 それを見て部下が言った。
「いえ、そうでもありません。奴には妻子も両親もおりませんが、弟が一人います」


「弟?」
 上官は聞いた。
「奴とは仲が良いのか?」
「現在のところ、特に仲が良かったとか険悪だったとかという情報はありません。ごく普通に連絡は取り合っていたようですが」
 部下が答えた。

「ふむー、試しに引っ張ってみるか。その弟やらは今どこにいる?」
 部下は顔を曇らせた。
「それが現在は外国におります」

「外国?くそっ、間の悪い。で、そいつは近々こっちに帰ってくるのか?」
 部下は一瞬返事をためらってから言った。
「それが、弟は半年ほど前から今滞在してる国で治療を受けている最中でして、リハビリやらなにやらであと数か月は帰ってこないかと」

「なんだ、そいつは病人なのか」
「はい。膝を怪我しました」

「膝の怪我?」
 上官は驚いた。
「たったそれだけのことで外国まで治療しに行ったのか?」
 当然と思える上官の疑問に部下は答えた。
「はい、奴の弟はわが国でトップクラスの成績を収めているある競技の選手でして、そのため、その手の怪我においては世界一の権威といわれている医者のいる下で治療を受けいるようなのです」

「なるほど」
 上官はそういうと黙ってしまった。部下は机の前で直立不動のままだ。
 しばし考えをめぐらせた後、彼は部下に命令した。
 
 命令を受けた部下はすぐに部屋を出て行き、数時間後、再び報告にみえた。
「ご命令通りの内容を奴にほのめかしましたところ、あっけなく吐きました」
 部下は驚きの表情を隠さなかった。

「やっぱりそうだったのか」
 上官は満足にうなずいた。
「しかし、このまま上に報告していいものやら、考え物だな」
 上官の言葉に部下が聞いた。
「何か不都合がありますでしょうか?」

「上司たちが信用するだろうか?」
「それはわかりますが、狂人の仕業ということなら、信用するのでは。実際、奴を精神科の医者に見せるべきだと思います。怪我した弟がオリンピックに出られるよう、大会の開催の延期を狙って世界中をパンデミックに落としれるなど、狂人の発想としか思えません」

「なるほどそうかもしれん。よし、狂人がしでかしたこととして処理しよう」
 上官は決心した。
「それで質問なんですが」
 部下が言った。

「なんだ?」
「さっき、奴に伝えて来いと言われた、今回のオリンピックの中止、延期ではない中止決定は本当なんでしょうか?」
「いいや、まだ決まってはいない」
 上官は答えた。
「けれど奴が簡単に信用するほど、その雰囲気は濃厚だよな。さてどうなるか。奴の弟が無事出場を果たすのか、来年が楽しみだ」

 上官はくすくす笑った。

終わり

テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

このページのトップへ
コンテントヘッダー

コビートウェンティパート8



「殺された?」
 男が驚いて言った。
「何を馬鹿なことを。キュウは事故で死んだんだ。酒をいっぱい飲んだ上に、ハンドルを握って、高架橋から落っこちちゃってね」

 その言葉にキュウの妻は怒って言い返した。
「本当にそう思っているの?タン。あなたはキュウの昔からの友達だったんでしょう。だったら知ってるはずよ?夫はお酒を飲むことはめったになかったし、飲んだとしてもほんの一、二杯。深酒は絶対しなかったってことを。それに、運転はいつも慎重で、スピードも控えめだった。それが飲酒運転のあげく自損事故で死亡するなんて信じられる?」

 その言葉にタンはうなずいた。
「ああ、確かにキュウはわけもわからないくらい酔っぱらって、自動車事故を起こしてしまうようなやつじゃあなかったよ。けれど、人間、絶対ということはないだろう?何らかの拍子に気に入った酒が見つかって、つい飲みすぎてしまい、そこで理性が飛んでしまって運転して帰ろうとし、そして運悪くハンドル操作を誤って、橋から落ちてしまうことも、絶対ないとは言えないじゃないか」

「確かにそれはそうだけど」
 そう言いつつも、彼女は納得がいかないようだった。
 そこでタンは彼女に聞いた。
「キュウが死んで半年になる今になって、なんでそんなことを言い出したんだ?やつの死に不審な点があると思っていたなら、なぜすぐに警察なり、それこそ僕になり言わなかった?」

 タンの問いに彼女が答えた。
「突然の夫の死で私はすごく混乱して、最初は何も考えられなかった。夫の亡骸を見せられ、それはひどいありさまで、そして警察から自損事故だと説明を受けても、ああ、そうなんだ、としか思えなかった。
 でも、半年が過ぎて、夫の死後のこまごまとした手続きも終わり、やっと落ち着いて考えられるようになってみると、どうしてもあの真面目で律儀な夫が、酔って車ごと橋から転落するとは思えないの。絶対におかしい」
 俯きながら思いつめた声で妻は言った。

「それにしても」
 タンが言った。
「殺された、というのはいくらなんでも飛躍しすぎでは?キュウは医者という職業柄、患者から恨みを買うことはないとは言い切れないけど、それでも普通、殺されるほど恨まれることはそうそうないだろう?それとも何か心当たりがあるのかい?」

 タンの問いに女が答えた。
「実はひょっとしてということがひとつだけあるの」
 そう言って、タンを見つめた。
 タンは黙って女が話すのを待った。すると女は遠くを見つめるようにしてしゃべりだした。

「随分前のことだけど、夫がある患者の話を私に話してくれたことがあって。もちろん守秘義務があるのでどこの誰ということは一切言わなかったけれど、かなり珍しい症例を診た、って」
 ここで一旦女は間を置いた。今は亡き夫のことを思い出しているのであろう。それからすぐに女は話を続けた。
「その手の話は私が看護師だということもあって、夫は興味深そうな症例に会うと、よく私に話してくれていたの。それで、その時、夫が話してくれた珍しい症例というのが、味覚障害を伴う発熱だったのよ」

「えっ?」
 タンが驚いて言った。
「まさか?」
「ええ、いま世界中ではやっているコビートウェンティの特徴的な症状と一緒」

 少しの沈黙の後、タンが言った。
「じゃあ、その患者はコビートウェンティに感染していたということなんだろうな。しかし、それでなぜキュウが殺される?」

 女は答えた。
「その患者の話を聞いたのは、本当に随分前で、確か去年の9月頃のことなのよ」
「去年の9月!コビートウェンティが流行る3か月も前か!」

 タンが考え込むと、キュウの妻は言った。
「たぶん、夫が診たその患者こそがコビートウェンティの最初の感染者だったのよ。その事実を誰か、おそらく、この国の上のほうの人物が隠したくて、夫を殺したんだわ」

 女の怒気を含んだ声にタンが手で制して言った。
「いや、ちょっとまて!それは飛躍しすぎじゃないか?確かに今言われているよりずっと前から患者が確認されていたことがよその国に知れれば、我が国の防疫体制の甘さをつつかれるかもしれない。けれど、そんなことで一般市民であるキュウを亡き者にするだろうか?第一キュウ一人の口をふさいだとして、病院にはカルテとかあるわけだし、よそからだって漏れるだろう」

「夫だけじゃなく、ほかの人も口をふさがれているかもしれないわ」
 女が言った。
「なに?そんな心当たりがあるのかい?」
 タンの問いに女はかぶりを振った。
 タンはあきれ顔で女を見た。
「憶測でものをいうのは危険だ。いいかい。今の話はほかの誰にも言っちゃ駄目だ。本当だったら君も危ない。約束してくれ。
 けれど、君の話で僕もキュウの死に少し疑問が浮かんできた。だから、僕なりに調べてみる。何かわかったら必ず連絡するから」

 そうして二人は別れた。

「はい…。はい…。ええ、患者が生物兵器研究所の職員だったということを彼女は知らないようです。はあ、たぶん。他言はしてないようです。
 えっ?ええ。いや、彼女は飲酒しませんし、車の免許もないので……。はい、別の方法ですね。わかりました」
 タンは電話を切り、深くため息をついた。

終わり

テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

このページのトップへ
コンテントヘッダー

コビートゥエンティ パート7




「およそ医療というものは資本主義社会で行われている自由競争とは相容れないものなんだ」
 大きなデスクの奥に座っている男が、その手前に立っている若い男に言った。
「と、言いますと?」
 若い男は尋ねた。

 年上の男は軽いため息をつくと言った。
「医療は自由な市場の形成とか公正な取引というものがまず望めないからだ」
 そう言い切っていったん間を置き、それから男は続けた。

「そういうものは買っても買わなくてもいい、別に今すぐ必要とはしない商品でなら通用するだろうが、切羽詰まった絶対に必要な商品では無理なんだ。
 別に今すぐ必要としないものならば、高いと思えば買わなければいい。すると、売る方は買ってくれそうな値段まで下げるべきだろうか?と考える。
 そこでは売り手と買い手は対等で、その商品の適正な価格を決めるメカニズムが働く。それが自由市場での取引だ、と思われているが。
 しかし、医療関係の商品のほとんどは、”高いから買わなくていいや”とか、”安くなるまで待ってから買う”、というわけにはいかない。そうだろう?」
 年上の男が聞いた。

「ええ、確かに」
 若い男が言った。
「自分や大切な人の命や健康に値段はつけられないですものね」

「そう、しかし資本主義はあらゆるものに値段をつける。本当に値付けしていいのか?というものにまでな」
 年上の男は苦虫を潰した顔をした。
「ところで君は前回のパンデミックのことを覚えているかい?」

「前回というとコビートゥエンティ感染症のことですか?あのとき、私はまだ子供でしたので、詳しいことはあまり。ただ、大人たちが随分騒いでいたのは覚えています。マスクをするように口を酸っぱくして言われましたね」

「ああ、そうか、そうだろうな」
 年上の男が言った。
「君ぐらいの年齢ならそのくらいしか記憶にないのかもしれないが、コビートゥエンティが流行った当時、私はこの会社に入社したての若造だった。それでも、あのときの社を揚げての熱気は感じていた。いち早くコビートゥエンティのワクチンを開発し、世界を救おうという使命感みたいなものが、会社全体を包んでいたんだ。
 あの頃は世界中の専門機関でワクチン開発が試みられ、百数十種類もの試作品ができた。しかも、早いものでは実に半年で製造にこぎ着けたんだ。みんな本当に頑張ったんだよ」
 年上の男が遠い目をした。それから
「そしてどうなったと思う?」と、皮肉な笑いを向け若者に言った。

「どうって、有効なワクチンが開発され、世界中に行き渡って、コビートゥエンティは終息したんじゃなかったですか?それとも、世界のどこかでまだくすぶっていましたっけ?」
 若者が尋ねた。

「いいや、その通りだ。ワクチンは世界中の人間に投与され、コビートゥエンティはこの世から消滅したよ」
 年上の男は言った。
「ただし、その課程が問題だったんだ」
 やや怒気を含んでいる。

「何があったんです?」
 若者が聞いた。
「多数の会社が種々のワクチンを作ったが、たった一回投与するだけで、二度とコビートゥエンティに罹らないという優れた効力を持ったものが出来、それが多くの専門家に支持された。
 そのワクチンをなるべく早く、すべての人々に注射できるようにするために、ワクチンを開発した会社は、総力を挙げ、増産体制に踏み切った。工場を新設し、従業員も増やした。
 しかし、そのワクチンには一つだけ欠点があったんだ」

「欠点、といいますと?副作用ですか?」
 若者は聞いた。
「それは優れている分、ほかのワクチンより高価だったんだ。値段が高かったんだよ」
 年上の男が吐き捨てるように言った。

「なるほど」
 若い男がうなずいた。
「じゃあ、その優れたワクチンは全世界には普及せず、別の安価なワクチンが使われたんですね?」

 その問いに対し、相手はかぶりを振った。
「いいや、そのワクチンが世界中で使用された。なんと言っても、一回投与で済まされるんだ。こんなにいいことはない」

「じゃあ、多少高価でもそのワクチンは売れまくったわけだ。作った会社は大もうけだったでしょうね」
「いいや」
 男はまたかぶりを振った。
「そのワクチンを製造した会社は一回つぶれかけた」

「はあ?なぜですか?」
 意外な言葉に若い男は驚いた。
「分からないか?」
 男は皮肉な笑いを浮かべた。
「あの時、世界中の人間がそのワクチンを打ってもらうことを望んだ。それは確かだ。しかし、ただでだ」

「ただ?無料で、ってことですか?」
「そうだ。はっきり言って、コビートゥエンティの流行は災害と同じだと人々は考えていた。しかも人災に近いと。つまり、自分たちは被害者であり、誰か、この場合は大抵、政府だが、その誰かが自分たちを救うべきだ、と思ったんだ」

「なるほど。まあ、気持ちは分かりますね。それなら、公衆衛生上多大な利益があるんですから、国でワクチンを買い上げて、人々に無料で接種すればいいだけでは?」

「まあ、普通の時だったらな」
 男が言った。
「しかし、コビートゥエンティの流行により、世界経済は深刻な不況に陥り、新興国はより厳しい財政難となっていたんだ。そのため、新興国の間で、製薬会社はなるべく安く、出来ればただでワクチンを提供してくれるよう、いや、あの時は当然そうすべきだ、という世論が沸き起こってね」

「そうだったんですか」
「しかも、一回投与で終生免疫が出来るワクチンだ。一度大多数の人間に使われた後は、お役御免となり一切売れなかった。新設した工場はすぐに閉鎖、従業員も多数解雇された」

「だからですか」
 若い男が言った。
「コビートゥエンティが流行った時、こういう標語が盛んに言われた。”正しく怖がる”というやつだが、私は現状に鑑み、正しく怖がっているんだ」

「それで、今回開発したワクチンの製造法をあの国の研究員に秘密裏に譲ったんですね」
「ああ、コビーフォーティワンの世界的流行については、どう考えてもあの国に責任があるだろう。懺悔の意味もかねて、一回投与で大丈夫なワクチンを世界中に格安で配る義務があろうというものさ。
 さあ、さっそくマスコミにリークしてくれ。発生源のあの国が素晴らしいワクチンの開発に成功した、とね」

終わり

テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

このページのトップへ
コンテントヘッダー

コビートゥエンティ パート6



「信じてくれないかもしれないけど」
 深夜勤で一緒になった先輩が休憩中に私に言った。
「この病院にはね。神様が付いていてくれてるのよ」

 何気ない一言に私は固まった。
 はあ?神様?
 返事に困っている私を尻目に、先輩は続けた。

「数年前、あのコビートゥエンティが大流行していた頃、ある看護師が体験したことなんだけど、その時はものすごい激務で、ろくに食事もとれない、もちろん休憩もわずか、休暇なんか無く、家にも何日も帰れない状態が続いたのね」

 コビートゥエンティ。あれが流行ってた頃は私はまだ学生で、医療関係者の奮闘がよく報道されていた。それで私もこの道に入った訳だけど。

「そんなある日の休憩中、いつもならもう泥のようにすぐ眠ってしまって何も覚えていないんだけれど、その時、とても鮮明な夢をみたそうなの」

 夢?ああ、そう言えば……。

「それはこんな夢で……」と、先輩は語り出した。

 長い白いひげを生やし、杖を持った老人が、突然目の前に現れた。そして「本当にあなたはよくやっている。ご苦労さま」と、彼女に向かって微笑んだ。
 
 彼女はその言葉に少し嬉しくなった。今、一番聞きたかったセリフかもしれない。それでも彼女は黙っていた。なんと返していいのか分からなかったのだ。すると老人は続けて言った。
「そんなあなたの苦労に報いるため、ご褒美をあげましょう」

 ご褒美?それは嬉しい。
 彼女は素直に喜び、言った。
 で、どんなご褒美なんですか?
 
 彼女が尋ねると老人は笑って、
「それは後のお楽しみということで。そのうち分かりますよ」と答えた。そしてその後、こちらを向いたまま、彼女からどんどん遠ざかって行く。
 
 あっ!ちょっと!
 彼女は慌てて手を伸ばし、老人を止めようとしたが、手は動かない。

 あれ?と、そこで気付いた。ああ、これ夢だ、と。
 それから程なくして彼女は目を覚ましたのだった。

「とまあ、そんな夢」
 先輩が言った。

「するとその夢に出てきた老人とというのが神様で、その人は本当に何かご褒美がもらえたんですね?」
 私は尋ねた。

「ええ、もちろん」
 先輩が言った。
「それから三日後、彼女は発熱し、案の定、コビートゥエンティのPCR検査で陽性となった。お陰で、廊下にまで患者が溢れ、毎日多くの人が死んでいく現場から離れることができたの。おまけに家族にも感染し、彼女をいびっていた義理の両親は死亡。彼女が感じていた精神的負担はほとんどなくなったというわけ」

「はあ?」
 私は思わず口にした。
「えっ、でもそれって……」

「ただね。旦那だけは生き残ったの。”二人が死んだのはおまえのせいだ!”、とかわめいた、あいつがね。本当、神様は抜けているんだから……。
 と、彼女は言っていたわね」

 私は何を言っていいか分からず、黙ってしまった。
 噂で聞いたことがある。今の話に出てきた彼女というのは多分、先輩だ。
 本当に先輩は神様の夢を見たんだろうか?
 先輩は旦那さんとは離婚したはず。

 コビートゥエンティに感染して、家族にも移し、義理の両親が死んで、それが元で夫と離婚。
 それがすべて、自分にとってよかったことと思い込もうとして、神様がご褒美をくれたという妄想をつくったんでは、と、昨日の私なら思っていただろうけど……。
 
 実はさっきの休憩時間、私もそっくり同じ老人の夢を見ているのだ。
 神様いるのかな……。今も当時と同じような感染症が猛威を振るっているし、あながち不思議ではない。
 どうか神様、義理の両親はどうでもいいので、夫は確実にやってください。あいつ、浮気してるんです。

終わり

テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

このページのトップへ
このページのトップへ
プロフィール

火消茶腕

Author:火消茶腕
ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR