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お触れ


「どうしてトマスを連れてっちゃうの?何も悪いことをしてないのに。ねえ、どうして?」
 幼い少女が母親にすがり、涙目で訴えていた。

「それはね。今度、新しく変わった領主様から、そういう命令が来たからなんだよ」
 母親は少し困った顔をして、娘に答えた。

「すぐに帰ってくるんだよね?もう会えなくなることなんてないよね?」
 母親は娘を抱きしめ、背中をさすった。

「ああ、大丈夫。きっと大丈夫だよ」
 そう言いながらも、母親にも確信は持てなかった。

 似たような光景が、あちこちで見られ、その後、しばらくして、城の中で領主が言った。
「お前の望み通り、我が領地のすべてにお触れを出し、これらを集めた。それで、こいつらをみんな始末すればいいのだな?これで満足か?」

「これはこれはありがとうございます」
 相手は深々と礼をした。
「かなり無理なお願いかとは思いましたが、考えて見るに、私があなたにしてさしあげた数々のことを思えば、これでもまだ足りない気もしますが」

「とにかく、これで、この界隈にいる雄猫は私だけになりますので、思う存分、子作りに励みたいと思います。つきましては、私が気に入ったものには、ハイヒールを作ってやっていただけませんか?私と釣り合いが取れるように」
 長靴をはいた猫は、そう言って笑った。

終わり

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喫茶去


 あれは私が中学一年生の時だった。
 
 夜、居間でテレビを見ているとテーブルに置いてあった母の携帯が鳴った。メールが届いたようだった。
 母はちょうどお風呂に入っていたので、私は何の気なしに、携帯を手に取り覗いてみると、父からのメールだった。

 そこで私は、何の用事か、急ぎならドア越しにでも母に伝えようと思い、中身を見た。
 すると、そこにはこう書かれていた。
「紅茶を飲みませんか?」

 は?なにこれ?紅茶?
 多分、探せばどこかにティーバッグはあるだろうけど、我が家ではめったに紅茶は飲まない。普段はコーヒー、たまに日本茶だ。

 それに父が母にこんな丁寧な言葉を使うのを聞いたことが無い。多分、母に言うとすれば、「紅茶飲まないか?」だと思うんだけど。

 私は強い違和感を覚え、風呂から上がった母に、「お母さんとお父さんって二人で紅茶を飲んだりしてるの?」と、たずねた。
 母は何のことか分からないような顔をしたので、断りもなくメールを見たことを詫びるとともに、父からのメールを見せた。

「あら、何のことかしら?」
 母は本当に何のことか分からないようで、
「お父さん、誰かと間違ってメールしてきたんじゃない」と、
 おっとりとした顔で、そう言った。

 そうか、間違いメールか!
 なら、うちでは飲まない紅茶のことを書いてるのも、丁寧な言葉づかいも納得がいく。でも、そうだとしたら?

「間違いって、お父さん、こんな文面、誰にメールするの?変だよ。
 ねえ、お母さん。ひょっとして、お父さん、誰かと浮気してるんじゃない?毎晩帰ってくるの、ずっと遅いし」

 それを聞き、母は笑いだした。
「お父さんに限ってそんなこと絶対ないわ。あなたの考えすぎよ」と、てんで相手にしない。母は父のことを根っから信用しているようだった。でも、私はそうは思えなかった。どう考えてもこのメールは怪しい。

 それから暫くの間、私は父の携帯を盗み見ることに専念した。
 父は仕事の関係上、常に携帯をそばにおいていたので、チャンスは父が風呂に入っているときしかなく、しかもロックがかかっていて、4桁の暗証番号を解くのにかなりの時間を要した。

 それでも努力は実り、ロックの解除に成功し、父のメールを覗いてみると……。

 父が浮気していたというのは誤解だった。

 今では2児の母親である私は、我が家の伝統に則り、あれは暗号で呼んでいる。
 
 今日、夫から「ワインを飲みませんか」と、メールが届いた。
 私は「もちろん」と返事を出した。

終わり

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名探偵の見解




「君は本当のところ、どう思ってるんだい?」
 探偵にその友人が尋ねた。
「遠慮せずに、君の正直な考えを聞かせてくれないだろうか?」

 それを聞き、探偵は軽くため息を付いた。
「君がどうしても知りたいというのなら、僕が今回の件で考えていること話してもいいんだが……。本当に聞きたいかい?」

「ぜひ、聞かせてくれ」
 友人はうなずいた。

 友人の決意を見て取り、探偵が言った。
「今回、君はずっと原因を探していたね。どうして?なぜ?ってね。
 その気持は分かるけれど、でも、僕から言わせてもらえば、その問い自体、不毛な行為だったと思うんだ」

「どうしてこうなってしまったのか、考えちゃ駄目なのか?」
 友人は驚いて反論した。
 それを聞き、探偵は即座に否定した。

「いや、あらゆることは因果に支配されているから、あることが起こった原因は必ずあるのだろうけど、相手が家事や育児を一切手伝わず、ろくに稼ぎもせず、自分を冷たくあしらい、あるいは暴力を振るったとしても、ほとんどの人は不倫に走ったりはしない。離婚は考えるだろうけど。
 君の奥さんが間男を作ったのは、君のせいではない。君が結婚生活で奥さんに対してしたことを悔やんでいるのは的はずれだと思う。実際、君は良き夫で良き父親だった。僕が断言するよ」

「じゃあ、どうして」
「それは君の奥さんがそういう人だったからだよ。多分、君が相手でなくても、同じような状況になれば、やっぱり不倫したと僕は思うね」

「つまり、僕に見る目がなかった?」
 探偵はかぶりを振った。
「いいや、それ以前の話じゃないかな。君は君の奥さんと一緒になる時、そういう目で見たことなど一度もなかったろう?結婚したらよその男に目もくれないでいてくれるだろうか、とか考えたこともなかったはずだ。
 二人の馴れ初めは僕も知っているが、君が一目ボレして、押しに押してつきあい始めたんだよね。つまり、君の奥さんは美人であり、押しに弱いんだ。自分から誰かを好きになることはなくて、好意を示してきた人を自分も好きになる、そういう心理が強いのだろう。間男もだいぶ強引にアプローチを掛けてたらしいから」

「妻はもともと、浮気をする人だったということか?ぼくがどう振る舞おうと?」
「言い寄ってくる男が現れればね」

「では、しょうが無いことだったということなのか?」
「そういうことになるのかな。君たちが結婚したのがある意味間違いだったのさ」

「じゃあ、間男が死んだのもしょうが無いことだよな。妻を寝取られても、ほとんどの人は間男を殺すようなことはしない。でも、どうしても許せなくて、自分に疑いがかからぬよう、計画的に間男を殺害してしまうような、そんな人間もいる。そして、多分、それを見抜いてる長年の友人を手にかけてしまう者も」

 友人が立ち上がり、探偵の方に近づいた。
「確かに、そういう人を友人にしてしまう者もいるだろうけど、探偵は違うんだ。探偵は誰一人信用していない。たとえ友人でも。警部!」

 隣室に控えていた警部が現れ、友人は連行されて行った。

終わり


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似た者同士



「彼女と一緒になろうと決めたってことは、あれ使ったんだな?」
 報告しに来た相手が母親と台所に行き、二人っきりになったのを見計らって、息子に父親が聞いた。

「うん」
 息子が言った。
「悪いとは思ったんだけど、どうしても不安で」

「分かる、父さんもそうだった」
 父親はうなづいた。
「自分に不相応な美人がパートナーになってくれると思うとな。何か裏があるんじゃないかと思って、どうしてもな」

「このことは絶対、内緒ににした方がいい」
 父親は少し悲しげに息子を見つめ、息子に強く言った。
「ああ、分かってるよ」
 息子が応じた。


「あれ、やっぱりありました」
 台所で、未来の義母に彼女が告げた。
 
 何のことか、すぐにピンときた母親は苦笑した。
「あら~、そう!本当に?まったく、親子して。本当、あんな息子でごめんなさいね。なんなら婚約、考え直してもいいのよ」

「いいえ、これで彼が私のことを信用してくれるなら、かえって良かったかと」
 彼女は穏やかに微笑んだ。
「そう?」
 彼女の言葉に、母親はホッとした。

「前もって、味など教えていただいていたので、薬が盛られたのはすぐわかりましたし、効果を消すものも譲られていましたので、実害はありませんでしたから。
 彼は過去の私の男性との付き合いを知りたがっていただけのようでしたから、素直に自白剤の効果に身を任せても良かったんですけど。他の答えにくいことを聞かれたら、やっぱり嫌だったので」

 彼女の言葉に母親は言った。
「それは当然ですよ。誰だって、たとえ好きな人にだって、いえ、好きな人だからこそ、秘密にしておきたいことは必ずあるものですものね」

 彼氏の母親が物分りの良いに安心し、彼女が聞いた。
「ところで、自白剤とその効果を消す薬をどうして持ってらっしゃたんですか?どちらも簡単に手に入るとは思えないんですけど」

「それは私と旦那様に、薬学の研究所に勤めてるすごい友人がいて、その方が作ってくれたの。結婚する前、旦那様には自白剤を。そして私にはその効果を消す薬をね」
 少し夢見るような表情で、母親が言った。

「その友人という方は男性ですか?」
 彼女が聞いた。
「ええ、とっても素敵な、いい方よ。そのうち、ぜひ、あなたにも紹介してあげたいわね。あなたもお礼を言いたいでしょう?」

 母親が意味深に笑い、彼女も同じように意味深に笑い返した。

終わり
 

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裏切り



「どうしたの?」
 沈んだ顔をしている彼女に彼が聞いた。

「実はクロが……」
 うつむき、ボソリと答える。クロとは彼女が飼っている猫だ。

「クロ?そういえば見当たらないけど……。まさか?ひょっとして……」
 驚く彼に、彼女はかぶりを振った。
「大丈夫、死んではいないわ。ただ……」

「ただ?ただ、どうしたの?」
 なかなか話さない彼女に、彼は多少苛立ちながら、またたずねた。
 そこでやっと、決心したように彼女は事情を説明し始めた。

「言ったとは思うけど、実はこの前、実家に行く用事ができたの、1週間。クロも一緒に実家に連れて行ってやりたかったんだけど、向こうには猫アレルギーの甥がいて、ちょっと無理だったの。
 そこで、以前から親しくしてもらっていた、ご近所の猫好きなおばさんに預かってもらうことにしたのよ。おばさん、喜んで引き受けてくれて、私もホッとしたんだけど、実家から帰ってきてみたら、クロ、私のことすっかり忘れていたの」

 そこまで聞き、彼氏は笑った。
「なあんだ、そんなことか。まあ、猫なんだもの、しょうがないよ。どうせすぐ思い出したんだろう?君のこと」

 それに対し、彼女は悲しそうにかぶりを振った。
「それが全然。お家に帰ろうって抱き上げようとしたら、歯をむき出して威嚇された」
「それはちょっと、ひどいね」
 彼が同情して言った。

「それでもなんとか、捕まえて、バスケットに入れて、ここに戻ってきたんだけれど、なかなか警戒心を解いてくれなくて、少ししたら、ちょっとした隙きに居なくなってしまって、案の定、おばさんのところに戻っていた。
 それで、迎えに行って、また逃げられて、またおばさんのところに迎えに行ってて、三回繰り返して……。四回目に、おばさんに引き取ってもらうことにしたの。クロ、どう見ても、私といる時よりおばさんのところにいる時のほうが幸せそうなんだもの」

 そこで彼女は黙ってしまった。彼氏も掛ける言葉が見つからず、ただ、彼女の方に手をおいた。
「クロは最初、私が見つけた時は、本当にガリガリで、毛も生えそろってなくて、病気もあって、お医者さんに連れて行ったし、ごはんやベッドだって、何がいいのか、色々考えて、やっと、どこから見ても立派な、毛並みのいい姿になったと思ったのに、それが……」

「気を落とさないで」
 彼氏が言った。
「辛いことだとは思うけど……」

「そう、とっても辛かった」
 彼女が言った。
「だから、あなたとはもうこれっきりにします。今度のことで、愛してるものに裏切られることの痛みが、あなたの奥さんの気持ちが、しみじみ分かったの。もう、連絡もしないでください。さようなら」


「そういうわけですか」
 警官が聞いた。
「ええ、それで彼女の気持ちをなんとか取り戻そうとして」
 彼氏が答えた。

「でも、この家の住人からうかがった話では、問題の猫は、飼い主の方から、ぜひ貰ってくれと言われたもののようで、一度も、預かったとか、飼い主のもとから逃げ出してきたなどということはなかったそうですよ。
 多分、あなたは騙されたのだと思いますが、猫が目的とはいえ、他所の家に侵入したのですから、逮捕させてもらいます」
 警官はそう言って、彼氏を連行した。

終わり

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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