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神はかく我を誘う

「ヨハン、恐れずに進め」

 神の声が聞こえる。私の目の前には大きな川が横たわっていた。その流れはさほど速くないが、川幅はそうとう広い。この川を前にして、みんな立ち止まり、誰一人飛び込もうとするものはいなかった。グズグズすれば日が暮れてしまう。是が非でも向こう岸に渡らなければならない。

「ヨハン、行け」

 神の言葉に押され、自分を見つめる仲間を一度振り返り、私は茶色に濁った川面に飛び込んだ。思ったより水は冷たくはなかった。私ははただひたすら向こう岸を目指し泳ぎ出した。後方から次々と仲間が飛び込む音が聞こえる。そうだ、勇気を出すのだ。私が先導する形で一族みんなが向こう岸に渡り始めた。

 今回も脱落するものはいなかった。神のご加護があったのだ。お導きに間違いはない。神に栄光あれ!

 私はヨハン。神の声を聞く者だ。ヨハンという名は神から与えられた。今の一族の中で、神から名を与えられたものは私しかいない。一族の間では別の名で呼ばれているが、それはどうでもいい。私はヨハンだ。
 私は多くの兄弟姉妹と共にこの部族に生まれた。私自身、平凡な子供だったと思う。だが、ものごころついた頃、私は神に見初められた。私は家族のもとを離れ、神とともに過ごすことになった。
 そこでヨハンという名前を与えられ、神の言葉を教えこまれた。神の言葉は難しく、すべてを理解することは出来なかったが、神のお告げを違えることはなくなった。そこでみんなの中に戻され、今、こうしてここにいる。

 われわれは荒野を放浪する部族だ。豊かな土地を求め移動していく。私が神の声を聞き、皆を先導することで、多くの危機を乗り越えられた。一族が飢えることは滅多に無かった。

 われわれの部族には私のようなものは私だけだ。前任者は既に亡くなっていた。後は多くの女と子供。そして少数の男がいる。私は男ではなくなっていた。神の声を聞くには男としての働きは邪魔になるからだ。
 少数の男たちが多くの女に子を産ます。生まれたのが女なら、一族に残る。男の場合は、生まれた瞬間から、多くの資質を比べられ、一族に残るか、追放される。そして稀に私のように神の声を聞くものとなるのだ。

「ヨハン、行くぞ」
 今日も神の声がする。私はその声に従う。明日もあさっても。我が生命の尽きるまで。神はかく我を誘う。

 羊飼いが愛用の杖を振り、群れの先導役の去勢オスに命令する。
「よし、ヨハン、止まれ」
 幼い頃から人間のそばで育ち、調教を受けた羊は忠実に人間の命令に従った。
「よし、えらいぞ。こいつのおかげで今年は群れの移動が楽に進むな。当たりだったな、こいつは」
 羊飼いがそう言った。
「それも神のお導きさ」
 相棒の羊飼いがそう答えた。

終わり
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テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

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まとめ【神はかく我を誘う】

「ヨハン、恐れずに進め」 神の声が聞こえる。私の目の前には大きな川が横たわっていた。その流れはさほ
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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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