夢の新薬
夢の新薬を完成させたカイタク教授がインタビューを受けていた。
「これで肥満に悩む人々が救われると思ってよろしいのでしょうか」
インタビュアーの質問に教授が答えた。
「このまま順調に試験が進めばですが、そう思っていただいて結構です」
自身に満ちた物言いだ。
「実験の結果では、われわれが発見したこの物質、フトレナインはマウスの摂食行動を100%抑制しました。また遺伝的に肥満になるマウスに使用した結果では、体重を正常のマウスとほぼ同じくらいに戻すことが出来ました。
そして人に対する臨床試験でも、同様の結果が出ています。過肥と診断されたボランティア94人に使用してもらった結果、86%の人が標準体重になりました」
「では、もはやわれわれは辛いダイエットに苦しむ必要はないんですね」
インタビュアーが興奮気味に聞いた。
「そうなるでしょう。フトレナインは脳内の食欲を司る神経に作用し、飢餓感、いわゆるお腹がすいた、という感覚を起こさせず、満腹感を感じさせるのです。そのため、必要以上食べそうになった時に薬を摂取すれば、楽に食べることを止められるはずです」
「お腹いっぱいになるんですね」
「そうです。ただし、それでも無理に食べることは可能です。皆さんも経験あるでしょう。別にお腹が空いてないけれど、無理に食べた経験が。それに近いことになります」
「とても素晴らしい薬に思えますが、問題点はないんでしょうか」
カイタク教授は笑顔で返答した。
「いくつかあります。まず、フトレナインを摂取すると、気力が低下します。これも皆さん経験あるでしょうが、満腹すると動くのが億劫になり、眠くなったりしますよね。それと同じ症状がでます。まあ、そのくらいの程度ですので、社会生活に支障をきたすとは思えませんが、大事な仕事を抱えている最中は使わないほうがいいかも知れません」
「なるほど、確かに満腹になるわけですものね。他には?」
「同じようなことになりますが、食事に対する喜びが減るかも知れません。よく、空腹は最高の調味料と言われますが、フトレナインはそれを邪魔するわけですので、フトレナインを摂取した後に食事を摂った場合、美味しさを感じない可能性があります」
「ああ、そうですか。それは少し困るかな」
「特に、親しい人と特別な店で食事するといった場合には、フトレナインはふさわしくないでしょう」
「それはそうでしょうね。高い食事代を払って、わざわざマズく感じるようにするなんて馬鹿げている」
「他にも何かありますか」
重ねてインタビューは聞いた。
「ダイエットに使用することに関して、これはフトレナイン自体の問題ではありませんし、あたり前のことでしょうが、薬を定期的に飲み続けなければなりません。フトレナインの効果は今のところ約六時間です。われわれは効果を発揮している時間を伸ばす研究にも取り組んでおりますが、一度飲めばしばらくは大丈夫、というわけにはいきません。十分な食事をとっていなければ、薬の効果が切れるとすぐに空腹感が襲ってくるはずです。そのとき、薬を飲まずに必要量以上に食べてしまえば、ダイエットにはならないでしょう。ある程度長期間、飲み続ける必要があります」
「わかりました。すると、体重が増えるたびに何度か飲む必要になる人も出てきますね」
「多分、そういう人が大半になるかもしれません。そうなった場合に備えて、いかにフトレナインを安価に大量に生産できるか、という研究も重要になってくるかも知れませんね」
「今日はありがとうございました、カイタク教授」
インタビュアーの握手に教授は応じた。
「しかし、教授のその体型は自然のものなのですか?それともフトレナインのお陰で?」
立ち上がったカイタク教授の身体は細く、反対にインタビュアーのでっぷりした腹回りがひどく目立つかっこうになっていた。
「私の体脂肪率は自然のものです。私は生まれつき肥満には無縁らしく、いくら食べても太らないんですよ。多分、私はフトレナインのお世話にはならないでしょう」
「発見者には必要ないとは。でも、そういうもんなんでしょうね」
インタビュアーは笑い、そこで会見は終わった。
数十年後、カイタク教授の予測は裏切られた。
「はい、これを」
薬の入った瓶が渡された。中はフトレナインだ。
「これをどうしろと?」
教授は役人に聞いた。
「それで飢えをしのいでください。今回の法改正で決まりました。現在、八十歳以上の国民に配給する食料はもはやなく・・・・」
教授は蔓延する飢餓の救世主として、後の世に高く評価されたのだった。
終わり
「これで肥満に悩む人々が救われると思ってよろしいのでしょうか」
インタビュアーの質問に教授が答えた。
「このまま順調に試験が進めばですが、そう思っていただいて結構です」
自身に満ちた物言いだ。
「実験の結果では、われわれが発見したこの物質、フトレナインはマウスの摂食行動を100%抑制しました。また遺伝的に肥満になるマウスに使用した結果では、体重を正常のマウスとほぼ同じくらいに戻すことが出来ました。
そして人に対する臨床試験でも、同様の結果が出ています。過肥と診断されたボランティア94人に使用してもらった結果、86%の人が標準体重になりました」
「では、もはやわれわれは辛いダイエットに苦しむ必要はないんですね」
インタビュアーが興奮気味に聞いた。
「そうなるでしょう。フトレナインは脳内の食欲を司る神経に作用し、飢餓感、いわゆるお腹がすいた、という感覚を起こさせず、満腹感を感じさせるのです。そのため、必要以上食べそうになった時に薬を摂取すれば、楽に食べることを止められるはずです」
「お腹いっぱいになるんですね」
「そうです。ただし、それでも無理に食べることは可能です。皆さんも経験あるでしょう。別にお腹が空いてないけれど、無理に食べた経験が。それに近いことになります」
「とても素晴らしい薬に思えますが、問題点はないんでしょうか」
カイタク教授は笑顔で返答した。
「いくつかあります。まず、フトレナインを摂取すると、気力が低下します。これも皆さん経験あるでしょうが、満腹すると動くのが億劫になり、眠くなったりしますよね。それと同じ症状がでます。まあ、そのくらいの程度ですので、社会生活に支障をきたすとは思えませんが、大事な仕事を抱えている最中は使わないほうがいいかも知れません」
「なるほど、確かに満腹になるわけですものね。他には?」
「同じようなことになりますが、食事に対する喜びが減るかも知れません。よく、空腹は最高の調味料と言われますが、フトレナインはそれを邪魔するわけですので、フトレナインを摂取した後に食事を摂った場合、美味しさを感じない可能性があります」
「ああ、そうですか。それは少し困るかな」
「特に、親しい人と特別な店で食事するといった場合には、フトレナインはふさわしくないでしょう」
「それはそうでしょうね。高い食事代を払って、わざわざマズく感じるようにするなんて馬鹿げている」
「他にも何かありますか」
重ねてインタビューは聞いた。
「ダイエットに使用することに関して、これはフトレナイン自体の問題ではありませんし、あたり前のことでしょうが、薬を定期的に飲み続けなければなりません。フトレナインの効果は今のところ約六時間です。われわれは効果を発揮している時間を伸ばす研究にも取り組んでおりますが、一度飲めばしばらくは大丈夫、というわけにはいきません。十分な食事をとっていなければ、薬の効果が切れるとすぐに空腹感が襲ってくるはずです。そのとき、薬を飲まずに必要量以上に食べてしまえば、ダイエットにはならないでしょう。ある程度長期間、飲み続ける必要があります」
「わかりました。すると、体重が増えるたびに何度か飲む必要になる人も出てきますね」
「多分、そういう人が大半になるかもしれません。そうなった場合に備えて、いかにフトレナインを安価に大量に生産できるか、という研究も重要になってくるかも知れませんね」
「今日はありがとうございました、カイタク教授」
インタビュアーの握手に教授は応じた。
「しかし、教授のその体型は自然のものなのですか?それともフトレナインのお陰で?」
立ち上がったカイタク教授の身体は細く、反対にインタビュアーのでっぷりした腹回りがひどく目立つかっこうになっていた。
「私の体脂肪率は自然のものです。私は生まれつき肥満には無縁らしく、いくら食べても太らないんですよ。多分、私はフトレナインのお世話にはならないでしょう」
「発見者には必要ないとは。でも、そういうもんなんでしょうね」
インタビュアーは笑い、そこで会見は終わった。
数十年後、カイタク教授の予測は裏切られた。
「はい、これを」
薬の入った瓶が渡された。中はフトレナインだ。
「これをどうしろと?」
教授は役人に聞いた。
「それで飢えをしのいでください。今回の法改正で決まりました。現在、八十歳以上の国民に配給する食料はもはやなく・・・・」
教授は蔓延する飢餓の救世主として、後の世に高く評価されたのだった。
終わり
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