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芋虫


「母さん。苦しい、苦しいんだ。母さん、ここから出して。出して!かあさん、おかあさん……」
 息子の声が聞こえた。
「ハイキー!」
 叫びと同時に、母のキロギーは目を覚ました。
「夢?」
 我に返るとベッドに横になっている息子ハイキーの様子をうかがった。いつもと変わらない姿がそこにあった。眠っているのか、微動だにしない。
 
 ただし眠ってなかったとしても、もはやハイキーが自らを動かせる場所は限られていた。戦争で両腕と両足を失くし、目、耳、喉をやられた。戦地から帰ってきた時に、彼が動かすことができたのは右のまぶたと首だけだった。
 両親は嘆き悲しんだ。国は厚い補償を約束したが、それが何になろう。息子は元には戻らない。一生ベッドの上だろう。

 それでも時が過ぎ、彼らはそれに慣れた。ハイキーは皮膚に書かれた文字で情報を得、瞬きか首の動きを利用したモールス信号で意思を伝えた。芋虫のようではあるが、自力で移動も可能となった。
 このまま、後は何事も無く息子が暮らしていけますように、と両親は神に祈った。しかし、その願いは聞き届けられなかったのである。

 ある日突然、ハイキーの皮膚が硬くなりだした。全身性強皮症ということだった。
 身体に書いた文字を段々読み取れなくなり、這って移動もできなくなり、ついに首まで動かなくなった。

 もちろん、直ぐに医者にかかリ、入院となったが、原因は不明。治療法もろくになかった。今では右のまぶたがかすかに動くだけ。それだけがハイキーの意思表示の全てだった。
 それもまもなく滅多になくなり、もはやハイキーの命は風前の灯火と思われた。

「まるで蛹のようね」
 昨日、見舞いに来た従姉妹が言ったその言葉が、母親のキロギーの耳から離れなかった。
 確かに。手足がない姿でうごめいていた様子は、芋虫のようだったし、今、ベッドに横たわっている状態、皮膚が硬くなり、動くことのないその有様は蛹そのものだ。

 そしてさっきの夢。明らかに息子は助けを求めていた。ここから出ることに必死になりながらも、それが成せないために、母に援助を頼んだのだ。

 キロギーは急いで家に帰った。鋭い刃物が必要だ。台所にある一番切れる包丁を掴み、病院に取って返した。

 いぶかしがる人々には目もくれず、息子の病室に突進した。部屋に入るやいなや、包丁を振り上げた。
「待っててね。いま出してあげるから!」
 そう叫ぶとキロギーはハイキーの胸から腹を、その厚くなった皮膚を切り裂いた。
 
 途端、その傷口から金色に輝くハイキーが出てきた。手足がちゃんと揃っている。戦争に行く前のあの愛しい息子の姿だった。
「ありがとう、かあさん」
 微笑む息子には背中に薄い羽までが生えていた。
「ああ、ハイキー、ハイキー!」
 包丁を取り落とし、キロギーは息子に抱きついた。
「母さん、心配かけてごめんなさい」
 息子は母を抱きしめ許しを請うた。
「いいんだよ、いいんだよ、ハイキー。こうして、ちゃんと元に戻ったんだもの」
 キロギーは泣きながら息子に答えた。
「ごめん、かあさん。本当にごめん」
 母は謝罪し続ける息子の顔を訝しげに見つめた。何をそんなに謝るのか。その時、騒ぎを聞きつけ、看護師が部屋にやって来た。

「ああ、看護師さん!見て、見てください!ほら、ハイキーが」
 指差す空間に看護師は何も見いだせなかった。それよりも、患者の腹部が血まみれなこと、そばの機械の数値が患者が死亡していることを示していること、そして、床に血のついた包丁があり、母親が明らかに混乱していることが目に入った。

「お母さん、しっかりしてください」
 看護師はそばにより、キロギーの手をとったが、ここで起こったことを思い顔は悲痛に満ちていた。


終わり 

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

この記事で ブログ村 第4回 読み切り短編小説 トーナメント 3位になりました。投票していただき、ありがとうございました。
 
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ジャンル : 小説・文学

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まとめ【芋虫】

「母さん。苦しい。苦しいんだ、母さん。ここから出して。かあさん、おかあさん」 息子の声が聞こえた。
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非公開コメント

No title

これは現代の医療者気への警告に思えました。
すべての「家族」が「終わり」を望んでいなくても、日々介護するにあたって徐々に精神がやられていく感じがよく書かれてあるなあと思いました。
悲しい話なのかもしれませんが、私にはハイキーは救われたんだと思えました。

Re: ポンタさん

拍手コメントの返事もこちらに書きます。

この話は江戸川乱歩の「芋虫」と手塚治虫のカフカの「変身」を元にした漫画(題名ど忘れ)を
パクッた?参考にした?ものです。

一応、お母さんもハイキーも、皆救われる話として書いています。
あっ、ただ最後に登場する看護師さんには迷惑だったでしょう。
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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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