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風邪薬

 ゴホン、ゴホン。大きな咳の音と共に、マスク姿の男が部屋に入ってきた。
「やあ、教授」

 鼻声でいかにも苦しそうに男は部屋にいるエノー教授に挨拶をした。
「やあ、ジョウシュウ。何だ、風邪かい。ひどそうじゃないか」
 部屋の隅にある机でなにやら書類を読んでいた教授はジョウシュウの顔を見るとそうねぎらった。
「ああ、本当ひどくてまいったよ。鼻は詰まるし、喉は痛く、頭痛もする。食欲もまるっきりわかない。おまけに寝ようとすると咳がひどくて寝付けない。それで一晩中うとうとしているだけで、ひどい睡眠不足だ。そんな事がもう一週間以上も続いてるんだ」
 ジョウシュウは充血した目を教授に向けて哀れな声で言った。
「確か、ここ一月は長期休暇をとって海外旅行に行くと言ってたと思うんだが、その様子じゃ中止のようだね。医者には行ったのかい?」と教授が問うと、ジョウシュウはうなずきながら答えた。
「ああ、この不快な諸症状が取れてくれることを期待して、医者に行って、薬を貰ったさ。が、あまり効果がなくてね。幾らかは効いたような気もするんだが、それもいっときの話で、また直ぐに症状が現れてくるんだ。かと言って薬を続けて何回も飲むわけにはいかないんだろうから、困ってしまっているんだ。当然、この風邪が治るまで旅行は延期さ」そう言って、ジョウシュウは鼻詰まりのため息を付いた。
「今、処方された薬は持っているかい」と、教授がたずねた。
 ジョウシュウは黙ってポケットから数種の錠剤や、粉剤を出して教授に見せた。教授は変わり者との評判だが、薬学の大変な専門家で、流通している薬品にも詳しいのだった。それらの薬を見て、
「うーん、風邪に対して処方されるものとしては極一般的で、けして間違っているとは言えないな」と、教授は言った。
「これらを飲んでも良くならないなら、とにかくじっと我慢するしかないだろう」
「そんな、殺生なことを言うなよ」
 教授の御宣託を聞いて、ジョウシュウはガラガラで哀れな声を出した。
「君なら、こんな時のためのいい薬を持っているんじゃないかと思って来てみたんだよ。何とかならないか」
すがるような目で教授を見つめ、ジョウシュウは咳を二、三度し、鼻を啜り上げた。
「うーん」教授は難しそうな顔をし、顎に手を当てて考えていたが、なにかひらめいたのか、ジョウシュウを見て言った。
「いい薬がある。これなら多分一発で治るだろう。飲んでみるか」
「おお、有り難い、ぜひ」と、答えたジョウシュウは教授の顔に何か含みがあるのを感じて、言った。
「ところで、副作用などは大丈夫なんだろうな。一発で治るというとずいぶん強い薬のようだが」
教授はちょっと笑って答えた。
「ああ、そりゃ、どんな薬にだって副作用は存在するからね。そうだな、今からお前にやる薬はほかの病気には禁忌だが、お前は風邪以外健康なんだろう」
「ああ、それは大丈夫だ。先月、健康診断があったが、特に何も引っかからなかったよ」
「じゃ、大丈夫だ。ただし、少し体重が減るかも知れない。それは心得ていてくれ」
「なんだ、ダイエットまで出来るならいいことずくめじゃないか。健康診断で引っかからなかったというのは本当なんだが、太り気味は注意されてたんだ、ちょうどいいよ」
 
 そうして、ジョウシュウは教授から薬をもらい家路についた。
 教授から言われた薬の服用法は寝る前にたっぷり水分をとってから飲む、というものだった。ジョウシュウはその通りに飲めるだけ水を飲んだ後、薬も飲みベッドに入った。
 朝になって起きてみると、薬の効能通り、何ら不快な症状はなくなっていた。鼻はすっきり通り、喉は少しもいがらっぽくない。熱もなく、頭痛もしない。大変爽やかな目覚めだったが、薬の副作用は体重減少以外にも結構出ており、ジョウシュウは泡を食った。

「ひどいじゃないか、教授」
 後日、ジョウシュウは教授に副作用の被害を訴えに、教授の研究室に乗り込んできた。
「やあ、ジョウシュウ。風邪は治ったようだね」
教授は明るく答えた。
「確かに風邪はすっきり直った。その点については感謝しているが、あの薬がああいうものだと事前にちゃんと説明してくれなければ困るだろう」
「ああ、それは悪かったが、君は独身で一人暮らしだし、ここ数週間は休みをとっていたようなので、あえて説明しなくてもと思ったんだ」
「確かに、俺は独身で仕事も休みだったが、実は恋人がいたのだ」
「ああ、そうだったんだ。それじゃ、恋人にずいぶん心配させてしまっただろうね。済まなかった。多分何をやっても君を眠りから覚めさせることは出来なかっただろうからな。あの薬は病気の不快な症状に悩まされないように人を眠らせておくものなんだ。体調が正常になると自動的に目覚めるようになっているんだが、欠点は、眠っている間は食事が取れなくなるので、体重が減ってしまうことなんだよ。けれども自然治癒が期待できる病気には良好な結果を生むはずだよ」
「お陰さまでで三日も眠っていたが、欠点はそれだけじゃなかったよ」
「え、なにか他にあったかい」
 教授は意外だというふうにして聞いた。それに対しジョウシュウは惨めな様子で答えた。
「恋人には部屋の鍵を渡していたんだ。連絡が取れないことで心配したんだろう。俺の部屋に様子を見に来たのさ。それは大変ありがたかったんだが、唯、タイミングが最悪だった。俺がちょうど目覚め、下半身を自分のものでたっぷり汚した姿で右往左往していた時だったからな。お陰で、恋人に愛想をつかされてしまったよ」
 
 どうやらこの薬を服用する際には大人用おむつの装着が必須らしい。

終り
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No title

こうゆう落ちなのですね

笑えました

Re: いちごはニガテ様

コメント有難うございます。

笑ってもらえるのが一番嬉しいです。笑わせてしまえばこっちのもんだ、が信条なんですが、なかなかうまくはいかない。

No title

久々に笑いました!
楽しかったー。
眠り通しならやせますよね。
でも下半身駄々もれじゃあいくらなんでも引く(爆笑)。
でも三日で目覚めてよかった。
それ以上寝ていたら・・・。
なんて。
どちらかというとあまりブラックじゃないほうが私は好きかもしれないです。

Re: No title

コメント有難うございます。

笑っていただけて幸いです。

実は、これと似た治療法は実在するのです。犬ですけど。

おもしろかったです^^

はじめて読ませていただきました。
ショートストーリーで読みやすく、しかも物語がしっかりしているので、
最後まで楽しみながら読ませていただきました。

リンクさせていただきます^^

Re: lnxinyan様

コメント有難うございます。
楽しんでいただけてよかったです。
こちらもリンクさせていただきます。
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Author:火消茶腕
ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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