鉄槌
スピーカーからの声が言った。
「それで旦那さんは?」
「401号、確定と」
私はつぶやき、スマホを手に取った。
サカイは無言で私のすることを見ている。
連絡を終え、顔を上げると彼が尋ねた。
「どこにラインしたんですか?」
ここはラブホテルの管理室。オーナーの私は失職中の彼を勧誘していた。
このホテルでは各部屋に盗聴器が設置されており、この場所で好きな部屋の盗み聞きができる。
「興信所」
私は答えた。
「興信所?」サカイが驚いて言った。「なんでまた?」
「さっき、スピーカーから聞こえてきた会話、聞いてなかったのか?”旦那さんは?”って男の方が言っただろう。つまり、女は既婚者だ。ということは、401号室は不倫カップルとみて間違いない」
「ああ、多分そうなんでしょうね」
サカイは不快な顔をして、吐き出すように言った。
「だから401の二人がどこの誰なのか、調べてもらうのさ。二人は車でここに来てるので、駐車した位置と車種も伝えておいたよ。車にGPSを付けられるようにね。勿論、二人がホテルを出る時にも連絡する手はずになっている」
サカイは驚きを隠せないようだったが、すぐに言ってきた。
「そんなことして、相手を強請るつもりですか?随分危ない橋を渡るんですね。不倫程度、屁とも思わない輩はいっぱいいますよ。逆に訴えられませんか?脅迫されたって」
私は微笑んだ。
「まあ、そう考えるのが当然だろうが、二人を強請る気はまったくないよ」
「じゃあ、なぜそんなことをわざわざするです?一文にもならないでしょう」
サカイが訝しげに聞いた。
「別に一文にならなくてもいいんだ。不倫しているやつらに鉄槌を下せればね」
私はにこやかに答えた。
「鉄槌?」
「そう、不倫カップルにはちゃんと償ってもらいたいと思ってるんだ」
「というと?」
「二人の後をつけ、どこの誰か判明したら、その配偶者に事実を伝えるんだ。あなたの伴侶は浮気していますよ、ってね」
サカイは驚いたようだった。私はかまわず続けた。
「伝えるのは興信所の者だけど、一度だけでなく何回も会っている証拠を掴むべきだと相手に勧めるんだ。勿論、自分のところに頼んでもらえれば、確実だと宣伝もする。するとまず間違いなく、宜しくおねがいします、となる。
それで調査を進め、証拠が十分揃ったら、今度はその手が専門の弁護士を紹介する。離婚になるかそのまま夫婦を続けるかは当事者次第だけど、慰謝料は必ず請求するように促すんだ。取れるだけ取りましょうってね。金額が弁護士の報酬にも関係するんで、一生懸命やるよ、彼ら弁護士は」
私は笑っていった。
サカイは困惑しているようだった。
彼は昨年、15年に渡る結婚生活に終止符を打った。ある日、女が彼を尋ねてきて、サカイの妻に慰謝料を請求する旨を告げたのだ。女はサカイの妻の不倫相手の女房だった。証拠はきっちり取ってあり、彼の妻の不貞は疑いようもなかった。
そして、女は自分が自分の夫と彼の妻の関係を知ったのは興信所からタレコミがあったからだと説明していた。
私は興信所を通し、それをすべて知っていた。
まさか、このホテルが自分が離婚したことに関係しているのか?そう考えたのだろう。サカイは事の真相を聞きたそうにしていたが、結局黙った。
「どうだろう?こんな風に普通のラブホテルとはちょっと違っているんだが、ここに務める気はある?勿論、来るカップルすべてが不倫関係なわけはないので、通常の業務がほとんどだけどね。さらに、絶対、このことはよそに漏らしてもらっては困るので、もし、万が一のときは相当のペナルティを払ってもらうことになるけど」
「是非お願いします。やらせてください」
サカイが頭を下げた。
計画通りだ。不倫カップルに対して復讐心に燃える彼ならここの安月給でも努め続けるのに違いない。今回のように、時々偽の不倫カップルをここに送り込んでやれば、もっと給料を下げても働いてくれるかもしれない。
彼が息子と思っていた内の一人とは血がつながっていなかった。そこでサカイはろくに金も与えず、その子とその母親を追い出した。
私も子供の頃、同じ目にあっている。確かに母は悪いことをした。しかし、私になんの罪があったというのだ。
サカイに追い出された、血がつながっていなかった息子に代わって復讐を、鉄槌を下してやろう。せいぜいこき使ってやる。
終わり
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