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人と猫の幸福のために

 

 視線の先にはゲージの中でじゃれあっている4匹の子猫がいた。
「この子達が?」
 男が尋ねた。

「ええ、そうです。この子達はアレルゲンを、正確にはFel d 1だけですが、それをほぼ分泌しません」
 この貴重な猫を所有している私は少し誇らしげに答えた。
「この子達なら、猫アレルギーの人でも安心して飼うことができるはずです」

「それはすごいですね」
 相手はゲージを覗き込んだ。
「見た限り、どの子も健康そうだ」
 そう言ってから顔を上げた。
「一体どうやったんですか?」

 当然の疑問だと思い、私は答えた。
「いや、偶然のたまものなんです。本当にたまたまこの子の親となった猫を発見しましてね。その子は全くFel d 1を分泌していなかったんですよ。多分、突然変異なんだと思いますが、その子の親については良く分かってないので、はっきりは言えませんけれど」

「偶然に発見したと?よろしかったら、どんな風だったのか教えていただけませんか?良く気付きましたね」
 相手が興味ありげな目をして言った。

「非常に幸運だったとしか言えないのですが、実は私は以前、野良猫の保護活動をしていまして」
「野良猫!」
 相手は驚いたように言った。

「ええ、その子達の親は野良だったんです。それで地域猫として暮らすにしても、去勢したほうがいいだろうと皆で捕獲したんですが、その時のメンバーの一人が猫アレルギーだったんです」
「野良猫の保護活動のメンバーが猫アレルギー持ちだったんですか?それはまあ、奇特な人物だったんですね」
 相手はへえという顔をした。

「まったく、今考えるとそうですね」
 私は笑った。
「まあ、そこでその人にこの猫に触れたのに不思議と症状が出ない、ということを聞かされまして、それで興味を持ったんです。で、調べたら、普通の猫なら分泌しているはずのFel d 1が検出されなかった、という訳です」

「なるほど!」
 うんうんと相手はうなずいた。
 それからおもむろに私に言った。
「ところで、あなたは獣医師でしたよね」
「ええ」
 私は答えた。

「それで大学の卒論のテーマが猫アレルゲンだったんですよね?」
 よく知っているな、と私は思った。ネットにそんな情報が出回っているのだろうか?
「ええ、それでまあ、この子たちの親に会った時に興味が湧いた訳で、調べるのにそれほど苦労なくできました」
 私は答えた。

「以前は都心の方で開業なさってましたよね」
 相手がさらに尋ねてきた。
「ええ、3年ほど前まで犬猫病院を開いてましたが、閉めてしまいました」
 何が言いたい?
 私は相手を見つめた。

「飼い主さんとトラブルになったのが理由ですか?」
 私は少し驚いた。
「どこでそれを?いや、最近のネットならすぐに分かるか。悪評はすぐに広まる」
 私はため息をついた。
「ええ、知っての通り飼い主に訴えられまして、それでそこではやりづらくなってしまって」

「そのトラブルというのが治療に来た猫を逃がしてしまった、というのでしたね」
 相手は私が嫌がっていると分かってるはずなのに話を続けてきた。
「そうです。つい油断して空いていた窓から逃げられてしまって。方々探したんですが見つからずじまいで、飼い主に訴えられて、多額の賠償金を支払う羽目になりましたよ」
 私はは情けない顔をして見せた。

「でも、そのための保険に入っていたんではないですか?」
 よく知ってるな?こいつ、いったい何者だ?
「よくお分かりで。犬猫病院の経営者ならその手のトラブルのための保険には入ってるもんなんでして、それで賠償金を払う時、多少なりとは助かりました」

「ところでその逃げ出して見つからなかった猫ですが、オスのトラ猫でしたよね」
「ええ」
 私は恐怖した。知ってるのか?

「そして、この子達の父親もトラ猫ですよね」
 私はしばらく黙った。しかし、相手も黙ったままだ。
「何が言いたいんです?」
 私はやっとそう口にした。

「あなたは病院を閉めた後、ここに越してきて、そしてこのアレルゲンフリーの猫たちを生産するようになった」
 私は否定も肯定もしなかった。

「あなたは開業していた間、猫が来院したら無断でアレルゲンの検査をしていたんじゃないですか?どこかにFel d 1を作らない猫が存在するかもしれないと考えて」
 私は答えを拒んだ。

「そして、ついにその猫を見つけ、自分のものにしたいがために、猫が治療中に逃げ出して行方不明になってしまったことにした」
「証拠はあるんですか?」
 私はやっとそう言い返した。

「証拠?別にありません。証拠は必要ないと思うんです」
「なに?」
 私は身構えた。次に何を言ってくる?

「実は私も犬猫病院の開業獣医師でして、私も大学で猫アレルゲンの研究をしていました。そして私も今、Fel d 1を作らない猫を所有しているんです」
 意外な言葉に私は驚いた。
「それじゃあ、あなたも、その、治療中の猫を逃がしてしまったんですか?」

 私の問いに相手はかぶりを振った。
「いいえ、正式に譲り受けました。その子の飼い主一家が不幸にあいまして、引き取り手を探していたので」
「そうですか」
 私はうなずいた。こいつは私よりまともなのか?

「まったく、最初にその子の譲渡を希望したときに、素直に応じてくれればよかったんですがねえ」
「はあ?」

「私のところにいるのはメスなんです。あなたのところの猫と交配できれば、まったくFel d 1フリーの子猫が誕生すると思うんですよ。協力してくれますか?」

 相手はにっこりと笑った。
 これは断るわけにはいくまい。
 私は大きくうなずいた。
 私たちは人類に多大なる貢献をもたらすだろう。

終わり
 
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テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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