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恩を仇で返す



「これが例の反物か?」
 目の前の三巻の一つを手に持ち、それを広げて役人が言った。現れた布は煌びやかな輝きを見せている。
「はっ、それらが押収したもののすべてでございます」
 部下と思われる男がかしこまって答えた。

 役人は布をしげしげと見つめた後、軽くため息をついた。
「確かに、今まで見たことのない織りだのう。で、越後屋はこれを見て何と申しておった?奴は織物を一目見ただけで、その産地を当てられると常々自慢してたはず。この反物がどこから来たと?」

「ははっ、それが」
 部下が深々と頭を下げて報告した。
「越後屋が申すことには、このような織り方は日の本のいずこでも見たことがないということでして。それ故、おそらくその反物は唐物かあるいは南蛮渡来ではないかと、そのように申しておりました」
 

「唐物か南蛮……」
 それを聞き役人は深いため息をついた。
「そうか。しからば越後屋にはこの反物のことは……」
「はっ、もちろん固く口留めいたしました。もし、ことが漏れた場合、一族郎党に危害が及ぶだろうと、強く脅しておきましたれば、まず、そちらから漏れることはないものかと」

「うむ。公儀にこの反物のことが知られれば、わが藩に抜け荷の疑いをかけられるは必定。そのようなこととなれば、たとえ無実だとしても、言いがかりを付けて御家おとりつぶしを狙ってくる可能性があるのじゃ。よってくれぐれも他に漏らさぬよう、万端の心掛けをしてくれ」
 渋い顔で役人が言った。
「はは、承知仕ってございます」
 部下はまた深々と頭を下げた。

「とすると、この反物を店に売りに来たという老爺だが」
「はっ、すでに牢内で息を引き取って おりますれば、ことさらの口封じは無用でございます」
「買った店の方は何と?」
「大変珍しい織物が手に入ったので、一部を殿へ献上しようとしただけのようで、問題の布は老爺の身内が織ったものと信じておるようです」

「ふむ、ならばそういうことにしておくほうが良いか」
 役人は顎を撫でて言った。
「ところで、死んだ老爺は最後までこの布を手に入れたいきさつを言わなかったのか?」
「はっ、最後まで訳の分からぬことを申しておりました。かなり高齢の者でしたので、年のせいで気がふれていたのではと思われます」

「ほかに事情を知っておりそうなものはおらぬのか?」
 役人は部下に聞いた。
「老爺には子供はおらず、女房は居りましたれば、こちらもしょっ引いて尋問いたしましたが、これまた亭主と同じことを言っておりまして」

「助けた鶴が娘に化けて家に来て機を織ったと?」
「はっ、そのように申しております」

「ふん、ばかばかしい」
 役人は鼻で笑った。
 訳の分からない年寄りをだまして、抜け荷の品を売りさばいたのだろうが、問題はさらにこのような布が藩内に出回るかどうかだが。果たして。

「よし、その老婆も牢に閉じ込めておけ。手荒に扱って構わん。絶対に外に出すな。わしは殿に事と次第を報告してくる」
 役人は立ち上がった。
「ははっ」
 部下はまた頭を下げた。

終わり
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ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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