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父親殺し



「しかし、理論的に可能かどうかは置いといて、自分の父親を殺せるもんかね」
 俺は疑問を呈した。
「実際に親を殺した人間は、過去にたくさんいたでしょう」
 若者は即座に答えた。
「まあ、それはそうだが」
 俺は相手の顔をちらっと見た後、グラスをあおった。

 ここは俺の行きつけのバー。
 今日は人に会う約束をしていたのだが、待ち合わせにはまだ余裕があった。そこで一杯引っかけようとこの店に立ち寄り、そしていつものように隣の席の男に声をかけ、よもやま話に花を咲かせていたのだ。
 そんな中で出た話題が父親殺し。実はそんな物騒な内容ではなく、SFのテーマの一つで、タイムトラベルで過去に戻り、自分の父親がまだ子供のうちに殺してしまうことは可能なのか、というタイムパラドックスについてしゃべっていたのだ。

「そりゃ、親から何の愛情も受けられず、逆にひどい目にあわされたりしていたら、殺してしまおうと思ってもおかしくないさ。けれど、この場合、まだ親になっていない、たぶん若造の姿をしているわけだろう。自分が恨んで憎んでる男の面影はあるだろうが、その姿を見て殺意がわくだろうか?」
 俺の問いに相手は答えた。
「難しいかもしれませんね。見ただけで憎らしそうな感じなら別でしょうが」

「だろう」
 俺は我が意を得たり、と思った。
「おれはSFに詳しくないのでどんな物語で父親殺しが出てくるのか知らないけれど、恨みを持って殺すにしろ、知的好奇心だけで殺すにしろ、親殺しをする人間の性格とか状況をうまく設定しないと、読むほうで感情移入しづらいと思うんだが」

「なるほど」
 相手は納得したようだった。
「確かに自分が生まれる以前の、若い頃の父親を殺すのは心理的ハードルが高いと私も思います。まあ、しかしそこらへんをうまく料理している話はありますよ」

「どんな?」
 俺は聞いた。
「実に単純なことで、父親を殺すのでなくその祖先を狙うんです」
 相手は答えた。

「祖先というと、祖父とか曾祖父とかかな?」
「そうですね。私が知ってる話ですが、主人公は自分のおじいさんの前に現れます」
「おじいさん」
「ええ。主人公は死刑囚となった母親が獄中で産んだ子で、父親が誰か母親にもわからない、そんな子でした。
 彼は生まれてすぐに施設に入れられ、そこで育ちます。その間に性的虐待を受けており、施設を出た後もそのトラウマに苦しみ、ついに虐待した張本人、施設の院長を殺してしまいます。そして逃げている途中でタイムトラベルすることになるんですが、父親が不明なので母親に会いに行きます」

「なるほど、まずは母親か」
「そうです。で、そこで母親の若いころの様子を目撃するのですが、彼女は家族にひどく冷たくされていました。なぜかといえば、彼女は彼女の母親が不倫をしたあげくできた子供だったのです。彼女が学童期にそれが発覚し、家庭は崩壊、母親は行方不明となり、彼女は母方の祖父母に引き取られました。しかし、二人にかわいがられることはありませんでした」

「それで母親は死刑になるような犯罪をしてしまうようになったと」
「そんな感じですね。それで主人公は母親ではなく、母親の実の父親、彼女の母親の不倫相手に会いに過去に飛ぶんです」

「そこで、主人公から見れば祖父にあたるその男を殺すわけだ。確かにそんな男なら殺すことに罪悪感が沸きにくいかもな」
 俺はそう言った。
 すると相手は言った。
「いや、別に主人公は祖父を殺しはしないんです」

 俺は驚いた。
「えっ、殺さないの?じゃあ、なんで祖父に会いに過去に行ったのよ」
 相手は答えた。
「睡眠薬を飲ませるためです」

「睡眠薬?それで殺すんじゃなく?」
「ええ、ただ眠らせるだけなんです」相手は言った。「ただし、眠らせるその日は、主人公の祖母が主人公の母親を授かるはずだった日なんです」

 なぜか急に睡魔が襲ってきた。
「その夜の逢瀬を邪魔さえすれば、主人公の母親は生まれない。不倫関係で頻繁に会っていたわけではなかったので、主人公の祖母が主人公の母親を身ごもったと思われる日は意外と簡単にわかりました。祖母の元旦那さんが細かく調査していたので」

 遠くから声が聞こえてきたが、それっきり俺の意識は飛んだ。
 気づくと、俺は公園のベンチで寝ていた。バーで飲んでからかなりの時間がたっていた。スマホはどこかで落としたらしい。会うはずだった彼女にはその夜は会えなかった。

 翌日、もう一度バーを訪れ、昨夜の自分の様子を聞いてみると、若い男と話してるうちに酔いつぶれ、その男が俺を介抱しながら店を出て行った、らしい。
 若い男はこの店には昨夜初めて来た客だそうだ。俺は何とも言えない気持ちになった。

 

「と、言うような経験が俺にはあるんだ」
 男は言った。
「だから?」
 私は聞いた。

「だから?だからその時思ったのさ。絶対に不倫相手を孕ませる様な真似はすまい、とね。バーの一件以来、俺は徹底的に避妊するようになったんだ。だからお前が不倫相手が生んだ俺の息子だなんてありえない。誰に聞いたか知らないが、そいつに騙されているんじゃないか?」

 訳のわからない言い分をへらへらと話す相手に、私はかっとなり、思わず思いっきり相手を殴りつけた。
 相手は吹っ飛び、テーブルの角に頭をぶつけ、動かなくなった。息もしていないように思う。

 私は父親殺しをしてしまったのか、それともまだ生きているのか、それとも本当に目の前に倒れている男は私の父親ではないのか。
 救急車を呼びながら私は考えた。

 終わり
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テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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