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コビートウェンティパート8



「殺された?」
 男が驚いて言った。
「何を馬鹿なことを。キュウは事故で死んだんだ。酒をいっぱい飲んだ上に、ハンドルを握って、高架橋から落っこちちゃってね」

 その言葉にキュウの妻は怒って言い返した。
「本当にそう思っているの?タン。あなたはキュウの昔からの友達だったんでしょう。だったら知ってるはずよ?夫はお酒を飲むことはめったになかったし、飲んだとしてもほんの一、二杯。深酒は絶対しなかったってことを。それに、運転はいつも慎重で、スピードも控えめだった。それが飲酒運転のあげく自損事故で死亡するなんて信じられる?」

 その言葉にタンはうなずいた。
「ああ、確かにキュウはわけもわからないくらい酔っぱらって、自動車事故を起こしてしまうようなやつじゃあなかったよ。けれど、人間、絶対ということはないだろう?何らかの拍子に気に入った酒が見つかって、つい飲みすぎてしまい、そこで理性が飛んでしまって運転して帰ろうとし、そして運悪くハンドル操作を誤って、橋から落ちてしまうことも、絶対ないとは言えないじゃないか」

「確かにそれはそうだけど」
 そう言いつつも、彼女は納得がいかないようだった。
 そこでタンは彼女に聞いた。
「キュウが死んで半年になる今になって、なんでそんなことを言い出したんだ?やつの死に不審な点があると思っていたなら、なぜすぐに警察なり、それこそ僕になり言わなかった?」

 タンの問いに彼女が答えた。
「突然の夫の死で私はすごく混乱して、最初は何も考えられなかった。夫の亡骸を見せられ、それはひどいありさまで、そして警察から自損事故だと説明を受けても、ああ、そうなんだ、としか思えなかった。
 でも、半年が過ぎて、夫の死後のこまごまとした手続きも終わり、やっと落ち着いて考えられるようになってみると、どうしてもあの真面目で律儀な夫が、酔って車ごと橋から転落するとは思えないの。絶対におかしい」
 俯きながら思いつめた声で妻は言った。

「それにしても」
 タンが言った。
「殺された、というのはいくらなんでも飛躍しすぎでは?キュウは医者という職業柄、患者から恨みを買うことはないとは言い切れないけど、それでも普通、殺されるほど恨まれることはそうそうないだろう?それとも何か心当たりがあるのかい?」

 タンの問いに女が答えた。
「実はひょっとしてということがひとつだけあるの」
 そう言って、タンを見つめた。
 タンは黙って女が話すのを待った。すると女は遠くを見つめるようにしてしゃべりだした。

「随分前のことだけど、夫がある患者の話を私に話してくれたことがあって。もちろん守秘義務があるのでどこの誰ということは一切言わなかったけれど、かなり珍しい症例を診た、って」
 ここで一旦女は間を置いた。今は亡き夫のことを思い出しているのであろう。それからすぐに女は話を続けた。
「その手の話は私が看護師だということもあって、夫は興味深そうな症例に会うと、よく私に話してくれていたの。それで、その時、夫が話してくれた珍しい症例というのが、味覚障害を伴う発熱だったのよ」

「えっ?」
 タンが驚いて言った。
「まさか?」
「ええ、いま世界中ではやっているコビートウェンティの特徴的な症状と一緒」

 少しの沈黙の後、タンが言った。
「じゃあ、その患者はコビートウェンティに感染していたということなんだろうな。しかし、それでなぜキュウが殺される?」

 女は答えた。
「その患者の話を聞いたのは、本当に随分前で、確か去年の9月頃のことなのよ」
「去年の9月!コビートウェンティが流行る3か月も前か!」

 タンが考え込むと、キュウの妻は言った。
「たぶん、夫が診たその患者こそがコビートウェンティの最初の感染者だったのよ。その事実を誰か、おそらく、この国の上のほうの人物が隠したくて、夫を殺したんだわ」

 女の怒気を含んだ声にタンが手で制して言った。
「いや、ちょっとまて!それは飛躍しすぎじゃないか?確かに今言われているよりずっと前から患者が確認されていたことがよその国に知れれば、我が国の防疫体制の甘さをつつかれるかもしれない。けれど、そんなことで一般市民であるキュウを亡き者にするだろうか?第一キュウ一人の口をふさいだとして、病院にはカルテとかあるわけだし、よそからだって漏れるだろう」

「夫だけじゃなく、ほかの人も口をふさがれているかもしれないわ」
 女が言った。
「なに?そんな心当たりがあるのかい?」
 タンの問いに女はかぶりを振った。
 タンはあきれ顔で女を見た。
「憶測でものをいうのは危険だ。いいかい。今の話はほかの誰にも言っちゃ駄目だ。本当だったら君も危ない。約束してくれ。
 けれど、君の話で僕もキュウの死に少し疑問が浮かんできた。だから、僕なりに調べてみる。何かわかったら必ず連絡するから」

 そうして二人は別れた。

「はい…。はい…。ええ、患者が生物兵器研究所の職員だったということを彼女は知らないようです。はあ、たぶん。他言はしてないようです。
 えっ?ええ。いや、彼女は飲酒しませんし、車の免許もないので……。はい、別の方法ですね。わかりました」
 タンは電話を切り、深くため息をついた。

終わり
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ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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