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コビートゥエンティ パート6



「信じてくれないかもしれないけど」
 深夜勤で一緒になった先輩が休憩中に私に言った。
「この病院にはね。神様が付いていてくれてるのよ」

 何気ない一言に私は固まった。
 はあ?神様?
 返事に困っている私を尻目に、先輩は続けた。

「数年前、あのコビートゥエンティが大流行していた頃、ある看護師が体験したことなんだけど、その時はものすごい激務で、ろくに食事もとれない、もちろん休憩もわずか、休暇なんか無く、家にも何日も帰れない状態が続いたのね」

 コビートゥエンティ。あれが流行ってた頃は私はまだ学生で、医療関係者の奮闘がよく報道されていた。それで私もこの道に入った訳だけど。

「そんなある日の休憩中、いつもならもう泥のようにすぐ眠ってしまって何も覚えていないんだけれど、その時、とても鮮明な夢をみたそうなの」

 夢?ああ、そう言えば……。

「それはこんな夢で……」と、先輩は語り出した。

 長い白いひげを生やし、杖を持った老人が、突然目の前に現れた。そして「本当にあなたはよくやっている。ご苦労さま」と、彼女に向かって微笑んだ。
 
 彼女はその言葉に少し嬉しくなった。今、一番聞きたかったセリフかもしれない。それでも彼女は黙っていた。なんと返していいのか分からなかったのだ。すると老人は続けて言った。
「そんなあなたの苦労に報いるため、ご褒美をあげましょう」

 ご褒美?それは嬉しい。
 彼女は素直に喜び、言った。
 で、どんなご褒美なんですか?
 
 彼女が尋ねると老人は笑って、
「それは後のお楽しみということで。そのうち分かりますよ」と答えた。そしてその後、こちらを向いたまま、彼女からどんどん遠ざかって行く。
 
 あっ!ちょっと!
 彼女は慌てて手を伸ばし、老人を止めようとしたが、手は動かない。

 あれ?と、そこで気付いた。ああ、これ夢だ、と。
 それから程なくして彼女は目を覚ましたのだった。

「とまあ、そんな夢」
 先輩が言った。

「するとその夢に出てきた老人とというのが神様で、その人は本当に何かご褒美がもらえたんですね?」
 私は尋ねた。

「ええ、もちろん」
 先輩が言った。
「それから三日後、彼女は発熱し、案の定、コビートゥエンティのPCR検査で陽性となった。お陰で、廊下にまで患者が溢れ、毎日多くの人が死んでいく現場から離れることができたの。おまけに家族にも感染し、彼女をいびっていた義理の両親は死亡。彼女が感じていた精神的負担はほとんどなくなったというわけ」

「はあ?」
 私は思わず口にした。
「えっ、でもそれって……」

「ただね。旦那だけは生き残ったの。”二人が死んだのはおまえのせいだ!”、とかわめいた、あいつがね。本当、神様は抜けているんだから……。
 と、彼女は言っていたわね」

 私は何を言っていいか分からず、黙ってしまった。
 噂で聞いたことがある。今の話に出てきた彼女というのは多分、先輩だ。
 本当に先輩は神様の夢を見たんだろうか?
 先輩は旦那さんとは離婚したはず。

 コビートゥエンティに感染して、家族にも移し、義理の両親が死んで、それが元で夫と離婚。
 それがすべて、自分にとってよかったことと思い込もうとして、神様がご褒美をくれたという妄想をつくったんでは、と、昨日の私なら思っていただろうけど……。
 
 実はさっきの休憩時間、私もそっくり同じ老人の夢を見ているのだ。
 神様いるのかな……。今も当時と同じような感染症が猛威を振るっているし、あながち不思議ではない。
 どうか神様、義理の両親はどうでもいいので、夫は確実にやってください。あいつ、浮気してるんです。

終わり
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テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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