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コビートゥエンティ パート3




「いらっしゃい」
 裏通りの雑貨屋に男が一人入ってきた。店主には初めて見る顔だった。
 男は店内を見回し、客が自分一人であることを確かめた後、店主のいるカウンターに近付いた。
 そして、店主に顔を寄せ、小声で言った。
「クロノの紹介で来たんだが」
 
 店主はその言葉を聞き、男を眺め回した。怪しい感じ、危険な感じはない。
「クロノさんのお知り合いですか?では、少々お待ちください」
 店主は男に笑いかけると店の入り口に向かい、閉店の印をドアに掲げ鍵を掛けた。
 それから、「では、こちらにどうぞ」と言って、店の奥の特別な部屋に男を案内した。
 
 男が店主について行くと、その部屋には撮影機材、印刷機、コンピューターが置かれ、中央にパイフプ椅子が一つあった。
「その椅子におかけください」
 店主は男に言うと、撮影機材を移動し始める。

 男が素直に椅子に座ると、「ワクチンですか?それとも抗体?」と、店主は尋ねた。
「抗体をお願いしたい」
 男が即座に答えた。

 コビートゥエンティという新規のウイルスが世界中に広がってから一年が過ぎ、世界各国で実行された当初の都市封鎖、移動制限は徐々に解かれ、経済活動は再開した。
 しかし、移動制限の解除とともに第二波、第三波の流行が観測される地域が後を絶たず、開発されたワクチンは生産量が足りないうえ、完全に感染を防ぐ効果がなく、症状を軽減するだけにとどまっていた。
 
 そこで、この国では大多数の国民にコビートゥエンティに対する抗体検査を実施し、どうしても人々が濃厚接触せざる得ない職場や施設には抗体を有する者、すなわち、もうコビートゥエンティには罹患しない者だけが出入りできるように、許可制とした。
 しかし、検査の結果、国民のほとんどは抗体を持っておらず、抗体保持者は一躍エリートとなり、もてはやされ、求人は引く手あまた、高額の賃金が保障されることになった。
 そんな状況が、この店の裏の商売を成り立たせていた。

「出来ました」
 住所、氏名、年齢など必要な事項を聞き取り、写真撮影が済んでしばらくして、店主が男に言った。
 店主に渡された証明書は、男は一二度、本物を見たことがあるが、それと寸分の違いもないように見えた。
 立派なもんだ。これなら、あそこで使っても大丈夫だろう。
 そんなことを考えた男に店主が言った。

「言うまでもないことですが、この抗体保有証明書は真っ赤な偽物であるわけで、そして、この証明書が必要な場所では必然的に人と濃厚接触する訳ですから、コビートゥエンティに感染するリスクはかなり高いと思ってください。まあ、感染すれば今度こそ本物の証明書がいただけるようになるでしょうけど、死ななければですが」

「そうだろうか?」
 男は反論した。
「証明書が必要な場所に集まるのは、既にコビートゥエンティ罹っていて、もう二度とウイルスをまき散らさない人間しかいないんだから、かえって安全なはずじゃあないか?違うかい?」

 なるほど、確かに一理ある。店主は納得した。
「私は何も心配していないよ。それじゃ、ありがとう」
 それ相応の金を払うと、男は店を出て行った。

 数週間後のニュース。
 交流が目的で男性同性愛者が集まる施設で集団感染発生。抗体保有証明書のほとんどが偽物と判明。

終わり
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ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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