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物忘れ



「はて?今日は何するんだっけかな?」
 おじいさんが言いました。
「確か浜辺に行って……」

「浜辺?」
 おばあさんがそれを遮りました。
「それはとっくにやったでしょう。あなたの前妻はずっと昔にくにに帰りましたよ。羽衣を奪い返してね」

「そうだっけか?」
 おばあさんに言われ、おじいさんは困惑気味でしたが、「いや待て!」と、突如ひらめいたらしく、叫びました。
「浜辺は浜辺でも、まだ、亀は助けてなかったんじゃないかな?」

 おじいさんの言葉におばあさんは呆れて返しました。
「それもとっくにやってしまったことでしょう。自分がそんなに老けてしまった原因、忘れてしまったんですか?」

「そうだったか?」
「そうですよ」
 おばあさんは軽くため息を付きました。

「じゃあ、今日は山へ行く日だったか!それじゃ、さっそく、昼飯のおむすびを作ってくれ。よく転がるように、まん丸にな」

 それを聞いて、おばあさんは今度は深くため息を付きました。
「本当、おじいさんはこの頃、物忘れがとてもひどくなってるんですねえ。それもとっくにやったじゃあありませんか。おかげで、こんな裕福な暮らしができてるんですよ」

「あれ?そうか。じゃあ、昼飯は持っていかずに、山へ行って竹を取ってくればいいのかな?」
 その言葉を聞き、おばあさんは悲しそうに言いました。
「ああ、あの子はねえ。もう、会えないでしょうねえ。月に行ってしまったんですから」

「竹取じゃないのか?じゃあ、山へ柴刈りに行けばいいのか?」
 おばあさんは首を横に振りました。
「それで私が川へ洗濯に行くのはもうやりました。あの子は今は鬼退治に向かってる最中ですよ」

「それじゃあ、山へ行く途中で鶴を助けて……」
「鶴も雀も、既に一度助けてます」
 おばあさんがピシャリと言いました。

「ん~、じゃ、畑か。畑へポチと一緒に……」
「ポチはとっくに死んでます」

「じゃあ、あれだ」
 おじいさんが手をたたくと、今度こそ分かったという風に言いました。
「たぬきだ!畑を荒らすたぬきを捕まえてくるんだ」

「ああ、それはまだやってませんねえ」
 おばあさんがうなずきました。

「よ~し、それじゃ、行ってくる。おばさんは夕飯の用意をして待っていてくれ。今夜はたぬき汁だ」
 おじいさんは意気揚々と、家を出ていきました。おばさんはその姿を優しく見送りました。
 その後に起こる悲劇も知らずに。

”カチカチ山編 開帳”

終わり
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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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