マイファニーバレンタイン
今日2月14日はバレンタインデー。土曜日ということで学校は休み。
特にすることもなく、自室のベッドでスマホをいじっていると、机の中央の引き出しが突然ひとりでに開き、中から触手のようなものが出てきた。
ひどく驚きながらも、恐る恐るその怪しげなものに近づいてみると、それの先端が急に光り、俺の身体はぴくりとも動かなくなってしまった。そして頭に直接言葉が響く。
”ここは日本で、今は21世紀初頭ですか?”
”なんだ!やばい!やばい、やばい、やばい!”
俺はパニックに陥り、心のなかで叫んだ。何がどうなってんだ?
すると、また声がした。
”まあ、まあ、落ち着いてくださ~い”
若い男のようだ。口調に外国人のような訛りがある。
”とにか~く、さっきの質問、答えてくれますか?ここ日本?今、西暦2010年ぐらい?”
非常識な質問だ。こんな変な質問をするということは……。俺は素直に頭の中で答えた。
”そうだよ、ここは日本で今は西暦2015年2月14日だけど……、ひょっとしてあんた、未来人?”
”お~!、お~っ!xxxxxxxxxxxx”
声の主は興奮した様子で、俺の質問には答えず、俺にはわからない言語を連発した。呆れてしばらく黙っていると、やがて落ち着いたのか、分かる言葉が聞こえてきた。
”あなた今高校生?それとも中学生ですか?”
”高校生だけど”
俺は聞かれるままに返答したが、一体、それがこの異常事態とどう関わっているのだろう?
”いいです、最高です”
声の主が叫ぶ。何で?
”ああ、疑問に思うのはごもっとも。今、説明しま~す”
そこで声の主が言うことには……。
思った通り、彼は今からおよそ2百年後、23世紀の人間で、歴史を学んでいる学生なんだそうだ。専門は21世紀前半のアジア。で、偶然、この20世紀後半から突如現れた日本の風習、何でも21世紀後半には廃れてしまうらしいが、2月14日バレンタインデーに、女の子が意中の男の子にチョコレートを贈るという行事を知ったらしい。
どうも、未来人の感性はよく分からないが、その文献を読んで彼は偉い衝撃を受けたんだそうだ。そして考えた。自分のもそんな体験をしてみたい、と。
それではるばる時を越え、俺のところにやって来たらしい。
”いや~、こんなにうまく行くとは”
声の主は喜んでいた。
”ちょっとまってくれ。体験ってどうやってあんたが体験するんだ?”
俺は質問した。机の引き出しには30cmくらいの長さの触手のようなものしか出ていない。これから本人が現われるのだろか。
”厳密には私が体験することは出来ませ~ん。けれど、こうしてあなたの身体を制御することが出来ました。なので、あなたの身体を借り、バレンタインデーを体験したいと思いま~す”
”はい?”
俺は言ってる意味がよく飲み込めなかった。
”俺の体を乗っ取って何をやらかすつもりか知らないが、今はバレンタインデー当日だぞ。どうやって女の子からチョコを貰うつもりだ?”
”えっ?”
声の主が驚きの声を上げた。
”どういうことです?”
”どういうことってなんだよ”
逆に俺が聞いた。
”だってあなたさっき高校生と言いましたよね。それ嘘ですか?”
”嘘なんかついとらん。俺は正真正銘高校2年生だ”
俺は言葉を強めて言った。何を言いたいんだ?こいつ。
”だったら、女の子から必ず貰えるはずでしょう。バレンタインチョコレート。文献にはそう書いてありましたよ”
”は~っ”
俺はため息をついた。2百年後ではそういうことになっているのか。確かに、義理チョコなどの存在もあるし、たいていのやつは何らかの形でチョコを貰ってるのかもしれないが、自慢じゃないが俺が貰ったことのあるチョコといえばおふくろからのだけだ。
俺はそれを相手に伝えた。
”お~、ママチョコ!文献に乗ってました。でもそれだとちょっとバレンタインデーの趣旨とはずれてますよね。わくわく、どきどきしませんよね、ん~っ”
声の主が何やら唸りだした。
”同級生で頼めばくれそうな女の子、いませんか?”
”まあ、そりゃあ、頼めば一つくらいは”
俺は悲しい見栄を張った。
”でも、今日は学校やってないし、今からじゃあまず無理だよ”
”あ~、そでしたね。今日のこの日、土曜日で、学校は休みでしたね。なんという、見落としをしてしまったか”
声の主はひどくがっかりしたようだったが、すぐにまた声が聞こえた。
”おさななじみ!”
えらい大声だ。頭にかなり響く。
”そうでした。同級生に負けず劣らず重要なバレンタインデーでの相手、おさななじみ。いないですか?」
”う~っ”俺は口ごもった。
確かにうちの隣に同級生の女がいる。うん、幼馴染と言えばそうだよね。子供の頃から、今までずっと同じ学校だし、今はそうでもないけど、小さい頃はよく一緒に遊んだ。まあ、そうなんだけど。
さっき言った通り、俺はおふくろ以外からチョコを貰ったことがない。つまり、隣に住む幼馴染、キョーコは一度としてバレンタインチョコは義理でさえ俺に渡しに来たことはないのだ。それが、今年突然、チョコをくれるとはとても思えない。
ここは諦めて、別のイケメン君に取り付いてもらおう、と思った矢先、玄関のチャイムが鳴った。
パタパタと足音がして、ドアの開く音。そして、「あ~ら、キョーコちゃん、お久しぶり」という、おふくろの声がした。
えっ?なんてタイミングだよ、と思っていると、少しの間のあと、「ユーサク、キョーコちゃんが来たわよ」と、彼女が俺に用事があることを告げた。「あがってもらったからね~」
階段を登る足音がして、それから俺の部屋がノックされた。
「ど~ぞ~」
それに答えてさわやかな俺の声がする。俺がそうしたわけじゃない。どうやら本当に声の主は俺を操れるらしい。
扉が開き、キョーコが部屋に入ってきた。俺の部屋に彼女が入ってくるなんて何年ぶりだろう。
「いらっしゃい。今日はどうしたの?」
あくまでさわやかに、笑顔を絶やさず、俺がキョーコに聞いた。相手は何やら紙袋を下げている。
「え、えっとね」
キョーコはもじもじした様子で、俺を見る。珍しい姿だ。
「はい、これ」
袋から取り出したのはきれいにラッピングされた小箱で、その姿形からどう見てもバレンタインチョコレートのようだ。
えっ、え~っ!一体どういう風の吹き回しだ。キョーコとは17年間、腐れ縁で友達のような、知り合いのような付き合いをしていたが、俺に麦チョコ一粒くれたことはなかったではないか。なのに、目の前のこの箱はどう見ても義理には見えない、手作り感に溢れかえっている。
激しく動揺している俺の心をまったく無視し、声の主は屈託なく笑った。
「えっ、なに?もしかしてチョコレート?俺にくれるの?」
キョーコはこくんと頷いた。顔が赤い。
「やった!ありがとう、嬉しいよ。開けてみていい?」
スラスラとセリフが出てくる。こいつすげ~と声の主に感心した。相当こういう場面に慣れてるんだろうな。
「えっ、あっ、できれば開けるのはあとにしてくれると……」
キョーコの声は途中から聞き取れなくなった。顔が更に赤くなっている。
「えっ、そう?わかった。じゃ、あとで、ゆっくり味あわせてもらうよ」
にこにこと答える。
「じゃ、あの、これで」
キョーコが帰ろうとする。
「うん、ホント、これありがとう」
箱を持って再び礼を言った。
「じゃ、また学校で」
キョーコは急ぎ足で階段を降り、我が家を出て行った。
”やっふ~っ!ひゃふ~っ!”
声の主の奇妙な雄叫びが頭に響いた。さっきとはえらいギャップだな。そんなに嬉しかったか?
俺はといえば、ただただ呆然としていた。本当にさっきのはキョーコだったのか?あいつがあんな仕草を人に見せるとは。
「では、さっそく」
声の主が箱を開け始めた。丁寧に洒落た包装紙で包んであるが、それが素人の手でなされたことは明白だった。
包みをはがすと四角い箱。その蓋を開けると、中にトリフュ型のチョコが数個入っていた。形はあまり良くない。多分、手作りだからなんだろう。
それをひとつ取り、口に運ぶ。ん?あまり美味しくない。こんなもんなのか?
という俺の感想とは裏腹に、声の主のせいなのか、涙が流れてきた。
感涙にむせんでる訳?どんだけ、バレンタインチョコに思い入れしてたんだよ。
”いや~、本当に良かった。あの初々しさ。甘酸っぱさ。法を犯してまでここに来た甲斐がありました~”
声の主が感極まって言った。
えっ、なんだよ?法を犯すって。俺の疑問に相手が答えた。
”時間旅行は基本的に違法なんです。こんなふうに過去の人間に干渉したことがバレたら、重い刑が待ってま~す”
”はあ?”
”ですからもう行かなくてはなりません。残りのチョコは残念ですがあなたが一人で食べてくださ~い”
おいおい、こいつ大丈夫なのか?重い刑って。たかがバレンタインチョコのため、そこまでする?
”あ、もしこのことがバレて、時空警察が出張ってきたら、あなたが私に会った記憶は消されてしまいますでしょう。あなたが私のことを覚えてくれていたなら、私は無事ということです。では、さようなら。とてもよい思い出になりました”
勝手にのたまって、声の主は引き出しの触手とともに消えてしまった。同時に俺の身体は自由になった。
「夢じゃないんだよな」
目の前にあるチョコレートを見て、俺はつぶやいた。
それにしても、未来人が現れたのも何だが、あのキョーコが、普段のあのガサツでタメ口きいてくるやつがこれを作って俺に持ってくるとは。
あらためて、チョコをつまみ、口に入れる。やっぱ、あんまり美味しくはない。
「あいつ、普段から料理なんかしてそうにないもんな」
そう言って、何気なしに机を見るとまた引き出しが開いて、触手が出ていた。
「なんだ?忘れ物か?」
言った瞬間、光を浴びてまた身体が固まった。
”残念なお知らせがありま~す”
また頭に声がした。でも今度は女の声だった。誰?
”私?私はさっきまでここにいた人のパートナー。実はキョーコは私が操ってました”
”はい?”
何でまた?と言おうとして思い当たった。パートナーの希望を叶えてあげたかったんだな。
”そうです、彼が法を犯してまで体験したがったことですので、できる限りのことはしてあげたかったのです”
声の主は良いパートナーを持ってるようだ。羨ましいぜ。まあ、とにかく、それならさっきのキョーコの態度も納得だ。俺は少し残念に思う反面、ほっとした。
”じゃ、わざわざこのチョコレートもあんたがキョーコに作らせたのか?”
俺は目の前にある箱を見た。目は自由に動かせるようだ。
”いいえ、それはすでに彼女が用意してたものなんです”
”え~っ、じゃあ!”
”はい、誰かにあげるはずのものでした”
まずい、まずい、まずい。もう開けて二個ほど食っちまった。今更返せない。俺、殺されるだろうか?
”それは大丈夫です”
声の主が言った。
”なんで?あんた、キョーコの恐ろしさを知らんだろ”
”大丈夫なんです。全て無かったことになりますから”
”えっ”
”私自首します。本来誰かにあげるはずのチョコを別の人に渡し、食べさせてしまった。明らかに重大な過去の改変です。時空警察が全てもとに戻るよう動くでしょう”
なるほど。でもそれでいいのか?重い刑を課されるんだろう?
”いいんです。パートナーのためなら”
声の主は静かに言った。
”何も自首することはないよ。バレてしまったなら仕方ないけど、しばらくは様子見てみたら?”
俺はそう提案した。
”でもそれなら、あなたが困るのでは?”
”まあ、さっきは大げさに言ったけど、殺されることはないよ……。多分”
多分、大丈夫。うん、多分。
”ありがとう。では、ばれるかばれないか、しばらく様子見してみます”
そう言って触手が消えた。
「犯罪者になってまで相手に尽くすって、そういうのは未来でも変わらないんだなあ」
俺は少し感心していた。パートナーか。いいもんなんだろうな。
そこでキョーコの顔が浮かんだ。さて、どうしよう。
そんなことを思ってると当のキョーコからメールが来た。
”それはしょうがないからおまえにやる。ちゃんとありがたがって全部食えよ。一ヶ月後は三倍返しだ。忘れんな!”
そして一ヶ月後、俺は三倍とまではいかないがキョーコにそれなりのものをプレゼントした。
あの時の記憶はしっかりと残っている。消えていない。
彼らのしたことがまだ当局にバレていないのだろうか?
しかし、実はもうひとつの可能性もある。それは彼らがやったことが重大な過去の改変に当たらなかったため、記憶が消されないで済んだ場合だ。つまり、キョーコは彼らに操られなくても俺にチョコを……。
とも思うのだが。
「ったく、あの未来人共。ほんと、迷惑だった。あのチョコ、どんなに苦労して作ったと思ってんだ。それを、ユーサクなんかに!」
俺に奢られながらも、ぶつぶつと未だに文句を言っているキョーコに、そんなことは聞けないのだった。
答えは来年のバレンタインまで持ち越しかなあ。そこでわかるといいなあ。
終わり
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
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