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国家の陰謀

 J国主席のもとに部下の戦略担当大臣が進言に来た。
「主席、素晴らしい作戦が立案されました」
 
しばらく大臣の説明を聞いた主席が尋ねた。
「つまり今回は隣のY国ではなく海の向こうのN国が攻撃目標になる訳だな?」
「はい、その通りです」 大臣は答えた。
「我が国の最も憎むべき敵がY国であることは変わりませんが、N国もY国の同盟国であり、我が国と国交を結んでもおりません。これを機に敵同盟国の弱体を謀るのは理にかなったことだと思います」

 主席はしばし考え、さらに大臣にたずねた。
「しかし、本当にそれは通用するのかね。今ひとつ信じがたいのだが」
 予想された質問だったのか、待ってましたとばかりに大臣は答えた。
「実はこちらの独断で既に少量、試しに使って見ました。何の問題も起こさず、機械を通った模様です」
「そうか」
 J国主席は頷いた。しかし、まだ何らかの疑念があるのだろう。直ぐに作戦の発動を命令しなかった。
「そのN国内に作られている組織は信用置けるのだろうな。どうも、話が旨すぎる気がしないでもない」
 それに答えて、大臣が言った。
「はっ、それに関しては、なにゆえ他国ですので、組織の隅々まで調査することは出来ませんでしたが、以前より我が国に組みしている組織ですので、信用してもよろしいかと」
「もし事が発覚した場合は?」
「当然、N国内の組織が勝手にやったこととして突っぱねます。我が国に迷惑は被らないようにするつもりです」
それを聞いて主席は決断した。
「良かろう、その作戦、やって見給え」

 どこから手に入れたのか、N国内のJ国組織が、N国の紙幣の作成のノウハウを掴んだ、と連絡してきた。その情報を元に、N国の紙幣を偽造し、少量をN国内で使用してみたが、偽札と見破られることはなかった。
 これに目を着けた戦略担当官は、この偽札を大量に製造し、N国の経済を混乱に陥れることを考えたのだった。

 偽造された紙幣はN国に密輸され、N国内の組織が市場にばらまくこととなった。一箇所で大量に使うとバレやすいため、組織の人間が全国に散らばって、あらゆるものを購入した。J国はお世辞にも豊かとは言えなかったので、J国に不足している物資が重点的に買われ、裏のルートを通ってJ国に送られた。

 さすがにしばらくすると偽札の大量流通が発覚した。やがて本物と見分けるための機械も作られたため、J国内での紙幣の偽造は中止された。
 偽札の出所として、N国内のJ国指導の組織が捜査を受け、逮捕者が続出した。J国は遺憾の意を評し、自国の関与は否定した。

「申し訳有りませんでした」
 戦略担当大臣が国家主席に深々と頭を下げていた。
「思ったほどの戦果はなく、N国を経済的混乱に導くことが出来ませんでした」
 主席は別段怒りをあらわにすることもなく、大臣に言った。
「当初の目的には程遠い結果だったが、損害は軽微だった。N国の組織を立て直すのに少し時間がかかるかも知れないが、逮捕されたのはN国民だ。我が同胞ではない。N国との国交樹立はこれでさらに遠のいたかも知れないが、このことがなかったからといって、国交樹立が早まる保証など無かったのだから、この点も問題ないだろう」
「ははーっ、そう言っていただけるのは本当に有難いです」
 戦略担当大臣はさらに頭を下げる。
「偽札で買った物資が大量に我が国にもたらされ、我らが同胞も喜んでいる。全体的評価ではこの作戦は悪くはない結果をもたらしたといっていいだろう。大臣、ご苦労だった」
 国家主席は大臣の手をとってその苦労をたたえた。 

 一方、しばらくしてN国総理官邸においてこんな会話がかわされた。
「総理、偽札をこのまま新デザインのお札へと交換する法律が通過したこと、思惑通りでしたね。おめでとうございます」
 総理の私設秘書が、総理にお祝いを述べた。部屋には二人だけで、その他の人間はだれもいない。
「まあね、このまま偽札を警察に没収させたら、国内が大変なことになるくらい誰だって分かることだからね」
「予想通り、国内の紙幣の総量が増え、増えた分が購買に回されたせいで、GDPが増加、物価指数もわずかながら上がっています。通貨高も緩和されました。デフレ脱却の兆しです」
「ここまではいいんだけどね。これを続けるとなると」
「やはり公共事業か、軍備増強しかないと思われますが」
「うん、そう思うけど国民の同意を得られるかな。紙幣量が増え、購買が増せば、我が国の経済がどうなるのか。一時的にでもそんな状態を作ってみせれば、みんな何が必要か分かってくれるだろうと思ったんだが、甘いかなーっ。出来れば大規模公共事業といきたいところだけど、また、国の借金だ、無駄な事業だとうるさく騒ぎ出すかも知れないしなあ。それより、今回のことでJ国憎しの感情が煽られただろうから、防衛費に金を使った方が通りがいいんじゃないだろうか」
「しかし、それだと他の国を刺激しかねないと思いますが」
「だろーなーっ、うちはいたって平和主義で、他国に攻め入る気なんかさらさらないんだがな。他国をちょっと利用することはあるけれど」
「とにかく、せっかく作ったチャンスです。多分、二度目はないと思いますので、何らかのご決断を」

 国家の陰謀は測りがたく、その影響は我々庶民には目に見えないかたちで襲ってくるようだ。

終り
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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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