勇者
「来たのね。勇者フラン」
突然目の前に現れた男に驚きもせず、大賢者は言った。
勇者は返り血を全身に浴び、その手には剣が握られている。
「待ったかい?」
思いつめた表情で、勇者がたずねた。
「う~ん、まっ、ちょっとね」大賢者は小首をかしげると、ひとさし指を自分の頬に当て言った。「あなたがどんな順番で回って歩くか分からなかったから。随分遅いけど、ひょっとしてここが最後?」
「ああ、その通りだよ。魔王と最後まで戦ってくれた仲間たちは、魔王城で。それから、故郷の村に飛んで、あとは旅をした道順に移動して回った。ここで最後だ」
何かとり憑かれたような目をして勇者が答えた。
「え~っ、あの話本気にしたの?」
大賢者は驚いたように勇者に言った。そして勇者の反応を見る。残念ながら、勇者は顔色一つ変えず、大賢者を見ていた。
「滑ったか~。渾身のギャグのつもりだったのに~っ!」
拳を握りしめ、猛烈に悔しがっている。
「悪い冗談だね。あなたらしいが」
勇者はここでやっとほほ笑んだ。
「そ、そう。まあ、勇者だものね。私が嘘言ったって、通じないか」
未だ残念そうに大賢者は吐き捨てた。
「ところで、世界はどうなった?」
勇者が思い出したようにたずねる。
「今のところは平静だけど、みんな魔王は死んだらしいと噂してるわ。魔物がぱったりいなくなってしまったものね。あなたが魔王を倒した、と宣言するまで様子みているひとが大半でしょうけど、軍関係者の動きはすでに活発になってるわ」
大賢者が質問に答えた。
「やはりあなたの予測通りに人は動くのか」
やや悲しげに勇者がつぶやく。
「そうね。絶対そうなるわ。今まで魔物の討伐と防衛に雇っていた軍人たちを、もう魔物はいなくなったからと、いきなりみんな首に出来るわけない。無理にそれを行えば、かなりの確率で内乱が起こる。でなければ軍人たちが野盗化する。自然、国境警備に回されるでしょう。世界中の国境で過剰な装備の軍人が向かい合う。いたるところで、一触即発の状態が出現するわね」
勇者は以前にもまして物々しい国境の様子を想像し、ため息をついた。
「そして、それに輪をかけて、私たちには悪意が戻ってきた。今まで、魔王が世界中の人々から集めていた禍々しい欲望が、再び、私たちの心に宿っている。血と暴力を好む人間同士の戦いがこれから始まるでしょう。以前もそうだったように」
熱を帯びた調子で大賢者が語った。
「でも、希望はある。あなたはそう言った」
勇者が大賢者に迫った。
「ええ、あと三回、あと三回この輪廻を繰り返したなら、人類の悪意はますます薄まって、もはや、魔王がいなくても、魔物がうろつかなくても、人が互いに争って破滅する未来は来ない、そう計算に出てるの。その時、勇者も魔王もそして大賢者も役目を終える」
勇者は頷くと、剣をかまえた。
「覚悟はいいかい?」
目の前の剣先を見つめ、大賢者が言った。
「いや~、わたしかわいく生まれちゃったからなあ。並の顔だったらあなたに殺されなくて済んだのにねえ」
頭を掻きながら、そう軽口を叩いたが、声は震えていた。
勇者はそれに応えず、じっと大賢者を見ている。
「やだなあ、ここは笑うところでしょ」大賢者はほほ笑んだ。「実はね。あなたは私のところには来ないと思ってた」
大賢者の告白に勇者は言った。
「あなたが自分のことをどう思っているのか私には分からないが、私は最初からあなたを気にいっていたよ」
その言葉に大賢者はにっこり笑った。
「いつかどこかで会いましょう」
勇者は頷くと剣を振り、一瞬で大賢者の命を断った。
流れ落ちる涙を拭おうともせず、勇者は大賢者の亡骸の前にたたずんでいた。これで、自分が好意を抱いていた人間は一人残らず、この世を去った。
その瞬間から、勇者の胸にゆっくりと人の悪意が入り込んでくる。これこそが魔王の能力。これから、際限なく、魔王がその体に溜め込んでいた悪意が、人々の胸に帰っていった悪意が、ふたたび勇者のからだに集められる。
もはや勇者は勇者ではなかった。自分が好意を寄せる人間全てを自らの手で殺すという儀式を経て、新しい魔王となったのだ。
大賢者を丁寧に葬むりながら、勇者は考えた。
「しばらくは魔王城で暮らすか。そして、悪意が十分たまり、力が発揮できるようになったら、部下を作り、魔王軍を設立しよう。
世界中に魔物を派遣し、人々を恐怖せしめよう。人同士で争っている場合じゃない状況にしてやろう。
簡単なことだ。前任者の真似をすればいいのだから」
元勇者はそうつぶやくと、大賢者の家を後にした。
いつか時が過ぎ、どこかに別の勇者が生まれるだろう。そうして物語は続いていく。
-end-
「え~っ、これを作るの?いまどき?こんなベタベタなRPGを?さすが業界の勇者と言われる人は違いますなあ(笑)」
終わり
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