黒いサプライズ
不用心なことに施錠されていない。俺はドアのノブを握ると、音を立てないようにそっと扉を押した。わずかにカチャッと音がする。
そのまましばらくじっとして家の中の様子を伺ったが、妻が音を聞きつけ、不信がってこちらに様子を見に来る気配はなかった。
とりあえず、第一段階は成功。俺はゆっくりと扉を開き、足音を立てずに中に忍び入ると、慎重にドアを閉めた。
ここでも動きを止め、じっと耳を澄ました。テレビでもつけているのか、ぼそぼそとした人の話し声のようなものが聞こえる。妻の声はしなかった。
ここ数ヶ月、俺の会社は多忙を極め、ある程度の地位にいた自分も、責任を全うすべく身を粉にして働いた。
お陰で、家には寝に帰るだけ。たまにはそれも出来ず、会社に泊まることもあった。さらに土日も勤務で、休みは一日もなかった。
妻とは結婚三年目、子供もなく、家に一人で寂しい思いをさせていた。それでも、妻は文句ひとつ言わず、毎朝、食事を作り、俺を送り出してくれていた。
そんな中、やっと、今日、仕事が一段落した。予定では、今日も遅くまで勤務するはずだったのだが、なんと、午前中でやるべき仕事がなくなった。追加の仕様変更が急に中止となったせいだった。
降って湧いた幸運に上司が気を利かせ、急遽、終業にして、皆を帰らせることとなった。
俺は折角の予期せぬ余暇を使い、妻を驚かせてやろうと考えた。幸い、結婚記念日も近い。妻の好きなケーキを買い求め、連絡を入れずにいきなり帰ってきたのだった。
玄関で靴を脱ぎ、音をたてずに、部屋を回った。茶の間、いない。台所、いない。
やはり寝室から声が聞こえている。テレビでも見ているのだろうか?
俺はそっと寝室の入り口まで来ると、ドアを細めに開けてみた。
するとベッドの上に裸の男が見えた。途端、俺は驚きとともに強烈な怒りに襲われ、我を忘れてドアを勢い良く開けた。
「なんだこれは!」
その声に妻が驚いた表情を向けた。そして、何が起こったのか理解できないのか、口をパクパクとしていたが、やっと我に返ると、急いで服の乱れを直し、「違うの、これは違うの!」と叫んだ。
しかし、妻が何を叫ぼうと事態は明白だった。
「これはね。これはその・・・」
顔を真赤にして、手を振り乱し、なんとか取り繕おうとしているが、妻よ、下着がまだ脱げたままで床に落ちているぞ。
確かに、多忙を極め、夜は疲れですぐに夢の中。何ヶ月もお前をかまってやれなかった。
だから、お前が一人寂しく、自分を慰めていたのは分かる。むしろ、そんな惨めな思いをさせて済まなく思っているよ。
ただ、この眼の前のベッドで展開されている光景。最新の技術が駆使された立体映像のAV。何故、男同士なんだ。
しかも、何故よりによってこのAVなんだよ。妻よ、お前には黙っていたが、俺の家族は死んではいない。今、目の前に映っている男が親父だよ。下になってるのが弟。
親父、俺だけだって言ってたくせに。
俺は部屋の中で、ただただ、立ち尽くしていた。
終わり
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
この記事で第18回 自作小説トーナメント 準優勝でした。投票ありがとうございました。
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