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シンデレラの罠

   


 イトウソウジは既に店に来ていた。私は軽くうなずき、対面の席に座る。彼は私の義妹の従兄妹に当たる。そして私の中高の同級生だった。
 彼らの祖母の葬儀が終わり、しばらくたった頃、私に話があるという連絡が彼から来た。そこで、この店を待ち合わせの場所に指定したのだった。
 飲み物を注文した後、当たり障りのない会話が続く。なかなか本題には入らない。まあ、彼からしたら言いにくいんだろう。それならばということで、私から切り出した。

「それにしても、あなたのおばあさん、いくら亡き娘の忘れ形見とはいえ、ミチコちゃんだけに全財産を譲るよう遺言書を残していたとは、驚いたわ」
 私の言葉に彼は苦笑いをした。
「僕もだよ。祖母はミチのことになるとちょっとおかしくなるな、とは思っていたけどね」
「まあ、魔法使いのおばあさんだったんだからしょうがないよ」
 私はそう返事した。私の言ったことに意味が判らないのか彼はキョトンとしている。
「魔法使いのおばさんってどういうこと?」

「あれ?知らなかった?」私は笑った。「私とトモミがあなた達のおばあさんに付けたあだ名。ミチコちゃんには受けてたんだけどな」
「知らないな。なんでそんなあだ名に?」
 本当に聞いてないのか?私は疑問に思いながらも答えた。
「なんでって、私達の母とミチコちゃんのお父さんが一緒になった後、私達が影でなんて言われるようになったか知ってるでしょう?」

 彼は頭を振った。
「いいや。知らない」
「そう?」
 私は彼を見た。とぼけてるようにも見えるが、まあ、いいか。
「中学生の時に私達三人が同じ家族になったわけだけど、それ以来あなたの従兄妹は女子の間で東中のシンデレラって言われてたのよ。で、私とトモミはシンデレラの姉ってわけでさ。だから、亡くなったあなた達の祖母は魔法使いのおばあさん。シンデレラが困っていると現れて、色々助けてくれる人」

 それを聞き、彼は不快な顔をした。
「確かにミチのお父さんが再婚したことで、ミチにはシンデレラみたいに継母と義理の姉二人ができたさ。けれど、それで君たちをシンデレラの姉呼ばわりはひどいと思うな。どう考えても悪口じゃないか」
 
 私は笑顔を崩さずに言った。
「でも仕方ないと思うよ。だって、ミチコちゃん、すごい美少女じゃない。私、初めて会った時びっくりしたもの。世の中にはこんな可愛い子もいるんだって」
 彼らの曽祖父はロシア人だったとかで、顔の作りからして違っていた。親類みんな美形揃いで彼らが並ぶと壮観で圧倒される。
「それに対して義理の姉である私達はというと、どう贔屓目に見ても並以下。しかも母娘揃って意地悪そうな目つきをしていて、こりゃ、義理の妹はいじめられてるな、って誰でも思っちゃうよ」

「そんなことはないよ!」
 彼は幾分声を荒らげた。
「君たち姉妹が意地悪そうだなんてことは絶対ない。それに、君たちはミチのことをこれっぽっちもいじめたりしてないじゃないか。むしろ、気の使いすぎじゃないかな、と僕は思っているんだが」
 
 ほう?そんなふうに考えていたとは意外だ。多分、礼儀上、言ったのだろうけど。
「でも、家事全般をミチコちゃんに押し付けてるんだから、いじめかなあとも思うんだけど」と、私は言った。
「しかしそれだって、ミチの希望に沿っただけだろう」
 彼は反論した。
「ミチは小さい時からお母さんから色々教えられていたから料理や掃除はすごく得意だし、現に今だって喜んで家を切り盛りしてるじゃないか」

 そうなのだ。ミチコちゃんの亡くなったお母さんはとても家庭的な人で、ミチコちゃんもそんなお母さんが大好きで。
「それに、これはミチから聞いているか知らないけど、叔母さんが大事にしていた調理道具や食器なんかを当初は誰にも触らせたくなかったらしい。そんな気持ちを汲んでくれて、家事全般を任せてくれた君のお母さんには、ミチは感謝してたよ」

「まあ、ミチコちゃんからそれを聞いて、私達は台所では好き勝手したことはないけれど……。そんな事情みんな知らないわけだし。それに、家族旅行とかではミチコちゃんを置いてきぼりにしてる」

「それも違うだろう」
 彼は言った。
「ミチは子供の頃嫌な目にあってからは極力外に出たがらないじゃあないか。それに家族旅行と言っても、マサノリさんも仕事が忙しくて同行していないことが多いんだし、わざとミチを仲間外れにしてたわけじゃないじゃないか」
 そうなのだ。美少女の宿命なのか、ミチコちゃんは悪い男に拐われそうになったことがあるらしい。それで、今もよっぽどのことがない限り、人混みには出ない。若い男は近づくだけで恐怖を覚えるそうだ。この従兄弟は唯一の例外だ。
 
 それにしても、彼はよく我が家の状況を知っている。ミチコちゃんは彼にはなんでもしゃべっているのかな。
「ええ、確かにそうかも知れないけれど、世間には通用しないよ。あなたのおばあさんだってミチコちゃんは可哀想なシンデレラだから、助けてやらなくては、と思ってたんでしょう。ガラスの靴はなかったけれど、生前もやれ誕生日だ、クリスマスだって時は、色々送られてきてたよ」
 そして、ついでに私達の悪口も周囲に言っていたらしい。母は継子には何も買ってやらないようなので、私が送っているのだ、とか。
「ミチコちゃんは自分の境遇に一応満足していたから、可哀想な子扱いされるのは正直閉口していたみたい」
 そして、おばあさんが私達の悪口を言っていることも知っていて、心痛めていたようだ。
「だから、これ以上あなたのおばあさんから何も受け取る気はないんだよ、きっと」
 
「多分そうなんだろうな」
 彼はうなずいた。
「そういう訳だから、相続拒否の意思は固いと思う。私が説得したくらいではウンと言はないと思うよ」
 残念ながらあなたの希望通りにはいかないだろう。私は彼がどんな顔をするのか注視した。

「まあ、だめだろうね」
 彼はあっさりと言った。
「僕としてはミチの気持ちを尊重するつもりだよ。父と母がどう考えてるか知らないけど」

 あれ?どういうこと?私にミチコちゃんの説得をして欲しくて呼び出したんじゃないの?
 私は少し混乱して黙っていると、彼は突然言った。

「彼氏と別れたんだって?」
 は?なに?なんで知ってる?彼氏とは高校からの付き合いだから、私の彼氏の存在を目の前の男が知っていてもおかしくはないが、別れたのはつい最近のことだ。
 ミチコちゃんか?ミチコちゃん、この男に何でもしゃべりすぎじゃないだろうか。私達の個人情報は勘弁してほしいところだ。
 
 私はややうろたえながら、答えた。
「そうだよー、足の指切ったりしてないからまだましだけど、シンデレラの姉では王子様と結ばれるのは厳しいらしいや」
 彼はなんとも言えない、やや緊張したような顔をして言った。

「じゃあ、また、食事に誘ってもいいかな?」
 はあ?
 えっ?
 なに?えっと、そういうこと?
 えーっ!

 中学時代、彼は名前をもじってイトウ王子と女子の間で呼ばれていた。彼の容貌は少女達にとって王子様に相応しいものだったのだ。

 シンデレラの姉と王子様。無理、不釣り合い、という思いと、姉がシンデレラを差し置いて王子と結ばれるというある種のカタルシスを感じて、私は戸惑った。
 いけない。私はシンデレラの姉などではなく、彼も王子様なんかじゃあない。でも……。

「ええ、いいわ。食事くらいなら」
 私はそう返事した。
 含みをもたせ、とりあえず問題は先送りしよう。そして慎重に見極めよう。シンデレラの罠に嵌まらないように。

終わり

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テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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