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甘い罠

 


「で、どうしたんだ?」
 手ごろな店に誘い、席に付かせた後、ひどく落ち込んだ様子のツカノに、私は聞いた。
 彼は黙ったままで私の質問になかなか答えようとはしなかったが、やがてぽつりと言った。
「実はナギサが……」

「ナギサ?ナギサって、以前からお前が言っていた女のことか?確かあっちから言い寄ってきたっていう」
 私の問いにツカノはこくんとうなずいた。

 しばらく前、今とは打って変わって上機嫌だったツカノが、迷惑なんだがとか言いながらも嬉しそうにその女のことを話してたのが思い出された。
「で、その女がどうしたんだ?まさかお前、やっちゃたのか?」

 私の言葉に相手は首を横に振った。
「そうか、ならいいんだ。お前は既婚者なんだから、手を出してばれたら離婚だぞ、きっと」
 私は彼の妻であるコズエさんが烈火のごとく怒っている様を想像した。彼女はそういうことに寛容だとはとても思えない。

「離婚?離婚か。そうだな。俺は離婚するかも」
 情けなさそうな声。
「なに?なんで?」
 私は聞いた。
「あっ、ひょっとして、コズエさんにその女のことがバレて、一線は越えてないってことが信じてもらえなかったのか?」

「ちがう、そうじゃない」
 彼はまた首を振った。
 それからしばらく黙っていたが、やがて意を決して言った。
「実はナギサは別れさせ屋に雇われた女だったんだ」
 悲しそうな顔。

 私は驚いた。
「別れさせ屋?そんな商売があるのか?本当に?」
「ああ、あるらしい」
 彼が答えた。

「本当なのか。しかし、どうしてわかった?」
 私は疑問をぶつけた。
 すると彼は苦々しげにつぶやいた。
「ナギサが、彼女自身が白状したんだよ。あるところから頼まれて俺に近づいたって」

「はあ?なんで?」
 私は言った。
「なんでその女が白状したんだ?そいつは金で雇われてたんだろう。そんなことをばらしたら、シャレにならないペナルティを食らうんじゃないのか?」
「俺が問い詰めたからさ」
 彼が言った。
「お前は別れさせ屋の回しもんじゃないのか、ってね」

「ふうん、するとお前は前から疑ってたんだ」
 私は聞いた。
 すると彼は首を振った。
「いや、ナギサのことはちっとも疑ってなんかいなかった。けれどタレコミがあったんだ。その女は別れさせ屋の女だって」

「タレコミ?」
「ああ、携帯の留守電に知らない女の声で入っていた」
「知らない女?心当たりないのか?」
「ああ、誰だか分からん。けれど女から俺にタレコミがあったことをナギサに告げたら、
彼女には心当たりがあったようだ。親友だと思って何でも話していた女と最近喧嘩別れしたんだとか」

「なるほど。それで誰がお前たち夫婦を別れさせるよう頼んだのか、そのナギサっていうのは言ってたか?」
「いいや。彼女が言うには、仲介者がいて、その男から誘惑する相手を教えられるだけで、誰が俺と女房の仲を壊すように依頼したのかは聞かされてないらしい」

「そうか。しかし、それで離婚話になるということは、お前は別れさせ屋に頼んだのはコズエさんだと思ってるんだな?」
 私の問いに彼はうなずいた。
「ああ。そしてそれはたぶん間違いないと思う。仮にもし間違ってたとしても、やはり離婚するしかないよ。コズエ、浮気していた」

 私はたいそう驚いた。あのコズエさんが?本当に?
「本当か?お前の勘違いじゃないのか?何か証拠があるのか?」
 私はツカノに問いただした。

「間違いない」
 彼は断言した。
「ナギサの告白を聞いて、どう考えてもコズエが一番怪しいと思ったから、やつの携帯を盗み見たんだ。俺の知らない男と頻繁に連絡を取っていたよ。内容もかなりあからさまで、数年前からできていたようだ」

「そうか」
 私はかける言葉を探し、ぽつりと言った。
「女は怖いな」

「ああ、まったく、女は怖い」
 ツカノはそこですすり泣いた。
 私は無言で彼の肩に手を置いた。

 まさか、コズエさんが浮気していたとは、まったく知らなかった。こんなことならわざわざ別れさせ屋に頼まなくても良かったかもしれない。
 二人に子供ができる前にと焦ったが杞憂だったようだ。

 これからは誠心誠意、ツカノに付き添って彼を慰めよう。彼は今のところその気はないけれど、これで女はこりごりだと思っただろうから、私の心にいつか気付いて、私の思いに答えてくれる。きっとそうなる。

 私はツカノの肩を抱きしめ、大丈夫、大丈夫だ、と囁いた。

終わり
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テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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