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コビートゥエンティ パート7




「およそ医療というものは資本主義社会で行われている自由競争とは相容れないものなんだ」
 大きなデスクの奥に座っている男が、その手前に立っている若い男に言った。
「と、言いますと?」
 若い男は尋ねた。

 年上の男は軽いため息をつくと言った。
「医療は自由な市場の形成とか公正な取引というものがまず望めないからだ」
 そう言い切っていったん間を置き、それから男は続けた。

「そういうものは買っても買わなくてもいい、別に今すぐ必要とはしない商品でなら通用するだろうが、切羽詰まった絶対に必要な商品では無理なんだ。
 別に今すぐ必要としないものならば、高いと思えば買わなければいい。すると、売る方は買ってくれそうな値段まで下げるべきだろうか?と考える。
 そこでは売り手と買い手は対等で、その商品の適正な価格を決めるメカニズムが働く。それが自由市場での取引だ、と思われているが。
 しかし、医療関係の商品のほとんどは、”高いから買わなくていいや”とか、”安くなるまで待ってから買う”、というわけにはいかない。そうだろう?」
 年上の男が聞いた。

「ええ、確かに」
 若い男が言った。
「自分や大切な人の命や健康に値段はつけられないですものね」

「そう、しかし資本主義はあらゆるものに値段をつける。本当に値付けしていいのか?というものにまでな」
 年上の男は苦虫を潰した顔をした。
「ところで君は前回のパンデミックのことを覚えているかい?」

「前回というとコビートゥエンティ感染症のことですか?あのとき、私はまだ子供でしたので、詳しいことはあまり。ただ、大人たちが随分騒いでいたのは覚えています。マスクをするように口を酸っぱくして言われましたね」

「ああ、そうか、そうだろうな」
 年上の男が言った。
「君ぐらいの年齢ならそのくらいしか記憶にないのかもしれないが、コビートゥエンティが流行った当時、私はこの会社に入社したての若造だった。それでも、あのときの社を揚げての熱気は感じていた。いち早くコビートゥエンティのワクチンを開発し、世界を救おうという使命感みたいなものが、会社全体を包んでいたんだ。
 あの頃は世界中の専門機関でワクチン開発が試みられ、百数十種類もの試作品ができた。しかも、早いものでは実に半年で製造にこぎ着けたんだ。みんな本当に頑張ったんだよ」
 年上の男が遠い目をした。それから
「そしてどうなったと思う?」と、皮肉な笑いを向け若者に言った。

「どうって、有効なワクチンが開発され、世界中に行き渡って、コビートゥエンティは終息したんじゃなかったですか?それとも、世界のどこかでまだくすぶっていましたっけ?」
 若者が尋ねた。

「いいや、その通りだ。ワクチンは世界中の人間に投与され、コビートゥエンティはこの世から消滅したよ」
 年上の男は言った。
「ただし、その課程が問題だったんだ」
 やや怒気を含んでいる。

「何があったんです?」
 若者が聞いた。
「多数の会社が種々のワクチンを作ったが、たった一回投与するだけで、二度とコビートゥエンティに罹らないという優れた効力を持ったものが出来、それが多くの専門家に支持された。
 そのワクチンをなるべく早く、すべての人々に注射できるようにするために、ワクチンを開発した会社は、総力を挙げ、増産体制に踏み切った。工場を新設し、従業員も増やした。
 しかし、そのワクチンには一つだけ欠点があったんだ」

「欠点、といいますと?副作用ですか?」
 若者は聞いた。
「それは優れている分、ほかのワクチンより高価だったんだ。値段が高かったんだよ」
 年上の男が吐き捨てるように言った。

「なるほど」
 若い男がうなずいた。
「じゃあ、その優れたワクチンは全世界には普及せず、別の安価なワクチンが使われたんですね?」

 その問いに対し、相手はかぶりを振った。
「いいや、そのワクチンが世界中で使用された。なんと言っても、一回投与で済まされるんだ。こんなにいいことはない」

「じゃあ、多少高価でもそのワクチンは売れまくったわけだ。作った会社は大もうけだったでしょうね」
「いいや」
 男はまたかぶりを振った。
「そのワクチンを製造した会社は一回つぶれかけた」

「はあ?なぜですか?」
 意外な言葉に若い男は驚いた。
「分からないか?」
 男は皮肉な笑いを浮かべた。
「あの時、世界中の人間がそのワクチンを打ってもらうことを望んだ。それは確かだ。しかし、ただでだ」

「ただ?無料で、ってことですか?」
「そうだ。はっきり言って、コビートゥエンティの流行は災害と同じだと人々は考えていた。しかも人災に近いと。つまり、自分たちは被害者であり、誰か、この場合は大抵、政府だが、その誰かが自分たちを救うべきだ、と思ったんだ」

「なるほど。まあ、気持ちは分かりますね。それなら、公衆衛生上多大な利益があるんですから、国でワクチンを買い上げて、人々に無料で接種すればいいだけでは?」

「まあ、普通の時だったらな」
 男が言った。
「しかし、コビートゥエンティの流行により、世界経済は深刻な不況に陥り、新興国はより厳しい財政難となっていたんだ。そのため、新興国の間で、製薬会社はなるべく安く、出来ればただでワクチンを提供してくれるよう、いや、あの時は当然そうすべきだ、という世論が沸き起こってね」

「そうだったんですか」
「しかも、一回投与で終生免疫が出来るワクチンだ。一度大多数の人間に使われた後は、お役御免となり一切売れなかった。新設した工場はすぐに閉鎖、従業員も多数解雇された」

「だからですか」
 若い男が言った。
「コビートゥエンティが流行った時、こういう標語が盛んに言われた。”正しく怖がる”というやつだが、私は現状に鑑み、正しく怖がっているんだ」

「それで、今回開発したワクチンの製造法をあの国の研究員に秘密裏に譲ったんですね」
「ああ、コビーフォーティワンの世界的流行については、どう考えてもあの国に責任があるだろう。懺悔の意味もかねて、一回投与で大丈夫なワクチンを世界中に格安で配る義務があろうというものさ。
 さあ、さっそくマスコミにリークしてくれ。発生源のあの国が素晴らしいワクチンの開発に成功した、とね」

終わり
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テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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