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コビートゥエンティ パート2



 応接間に二人の男が座っていた。
「あなたは若い頃、我が国に留学していた経験がおありだと聞きました。それでうるさい側近や通訳は追い出したんです。今からはざっくばらんにいきましょう。どうです?」
「ありがとうございます。大統領のお気遣い、感謝いたします」
 相手は大統領の母国語で流暢に答えた。確かに、言葉の問題は無いらしい。

「しかし、あなたの父上、前国王は本当にお気の毒だった。我が国でも本来なら、私が弔問に訪れなければならなかったのだが、なにぶん、あの時期は国外への移動は慎重にならなければならなかったものでね」
 大統領はしんみりした顔で言った。
「分かってます」
 男は応えた。
「実際、正直に申せば、あの時期に世界中から弔問客が来られても、当方としては感染防御対策をとることは不可能でした。そこで、葬儀は簡素に済ませ、戴冠式はコビートゥエンティの流行が落ち着くまで延期とし、異例のことですがその時に一緒に国葬も行うよう決めたのです」

「それで、戴冠式のめどは立ったのかい?」
 砕けた調子で大統領は聞いた。
「いいえ、それがまだでして」
 男が神妙に言った。
「まだ多少問題がありまして」

「そうか、もう少し掛かりそうか。まあ、いつになろうと、今度は戴冠式には是非、出席させてもらうよ。ところでさあ」
 大統領はニコニコしながら身を乗り出し、やや声を落とし相手に聞いた。
「前国王がコビートゥエンティに罹ったのは、君の弟がどこかで感染したのが君に移り、それから前国王に感染したと聞いたんだが、本当のところはどうなの?」
 興味津々という風だった。
 男は大統領をじっと見た。どこまで知っているのか?
「ええ、おっしゃり通りです。前国王、私の父への感染源はどうも私らしいです。弟が罹った時、もっと注意すればよかったんですが、悔やまれます」
 男は下を向いた。

「悔やまれる?」
 大統領が言った。
「私はあなたが前国王にわざと移したと聞いているが」
 知っていたのか!男は焦った。
 一瞬、誤魔化そうかとも考えたが、今は大統領と二人きり。男は正直に言った。
「確かに、私は自分がコビートゥエンティに罹患していることを自覚していながら、前国王に通常通り接しました。しかし、それは……」

「決して王位が欲しかったわけではなく、海外情勢に鑑み、前国王はコビートゥエンティに感染するべきだ、と考えたからなのだろう。重症化するだろうけれども、必ず命を落とすという確信まではなかった。違うかい?」
 大統領の言葉に男はうなずいた。
「何もかもお見通しのようですね」

「うちの情報担当は優秀なんだ」
 大統領はウインクした。
「うん、でも安心したよ。正直、実の父を王位欲しさに病気にするような人物が国のトップだったりすると、こちらもいろいろ考えなければならないことが多くなるんでね。それで本人の口から確かめたかったんだ。失礼な言動、済まなかった」
 大統領は頭を下げた。
「いえいえ、あなたの心配はごもっともなことです」
 男は言った。
「しかし、コビートゥエンティの発生源としての国の責任をとろうとした我々の意図を、正確にお汲みになってくれたからこそ、いち早く、我が国との通行の再開を決定していただけたわけですよね。貴国の優秀な情報担当官には感謝しなくては」

「うん、まあ、そういう風なこともあるといえばあるが……」
 大統領は片眉を上げた。
「多分、前国王がコビートゥエンティに罹って亡くなられなくても、貴国への風当たりはそれほどひどくなかったと思う」
 意外な言葉に男は仰天した。
「なぜ?なぜですか?我が国から始まったコビートゥエンティの流行は世界中に広がり、死者、感染者は途方もなく、人々の移動制限で恐慌一歩手前まで、経済は落ち込んだのに!」

「確かにそうだが、恩恵もあったんだ。一部の国にはね。前々から現政権の転覆を狙っていた組織には絶好のチャンスで、政権交代を果たした国の首長にとって、コビートゥエンティさまさまさ。
 そして、前々から国民への監視体制の強化を謀っていた政権にとっても渡りに船。感染予防の名目で、全国民の移動状況が手に取るように分かるシステムが承認、施行されたからね。我が国もこれに当たるわけだが。
 そういう訳で、おおっぴらには誰も言わないだろうが、国のトップたちに貴国への悪感情はあまりなかったんだ」

 そうか、そういうことか。
 男は自分の考えの至らなさを心底嘆いた。
 しかし、ならば……。
「今の言葉を聞いて、とても安心しました。
 そこで、今、この場で大統領にだけ打ち明けるのですが、さっきの話題、私の戴冠式について多少の問題があるというのは、実はコビートゥエンティワンとも言える、新型ウイルスが現在我が国に静かに流行中だからなのです。
 流行を押さえるのに、もちろん、全力を尽くしますが、今のお話なら、再び世界中へ広がってしまっても大丈夫なようですね」
 男はにっこりと微笑んだ。

終わり



 

テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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