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尋問



「課長、ヤツはやはり喋りません」
 若い男が報告した。
「そうか」
 課長と呼ばれた、年配の男が答えた。

「いくら脅しても駄目でした。売人のことを喋らないと、間違いなくかなり重い刑が下される。けれど、素直に言えば、すぐにでも釈放される、とも説明もしたんですが」
「なるほど」
 課長は頷いた。

「どうしてあいつは、頑なに売ってるやつらのことをゲロしないんでしょう。チクると、相手に報復されると思ってるんですかね?」
「さて、どうだろう」
「まさか、喋らないのが男気みたいな考えで、自分に酔ってるんですかね?」
 若い男の問いに、課長は言った。
「多分、自分が喋って、今まで売ってくれていた相手が逮捕されてると、薬が買えなくなってしまうのでは、と恐れているのさ。俺が今度は尋問してみるよ」

 課長は逮捕された男がいる部屋へ向かった。
「薬の購入先を喋らないそうだが」、部屋へ入るなり、男に課長は言った。「おまえは歌手のTを知っているか?」

 男は意外な質問に、疑り深そうに課長を見たが、素直に答えた。
「ああ、知ってるよ。TVで見たことがあるってだけだが。子供の頃に」
「そうか、Tも今のお前と同じように、薬物容疑で捕まったことがあるんだ。知っていたか?」

 男は訝しげに言った。
「いや、知らなかった」
 それに対し、課長はさらに質問した。
「じゃあ、芸人のUは?」

「お笑いコンビの片割れだったUか?知ってる。ヤツもなのか?」
 男が課長に尋ねた。
「そうだ。知らなかっただろう」課長が言った。「まだ、コンビを組む前のことで、売れてなかったからな」

「そうなのか」
 男は少し驚いていたが、課長に顔を向けると言った。
「その二人がどうしたというんだ?」

 課長は”知りたいか?”という顔を見せ、男に言った。
「その二人には共通点がある。二人共、警察の尋問に屈せず、薬を買った先を漏らさなかった。ほんの少しもだ」

 課長の言葉に、男は感心して言った。
「ほう、あの人達も……。そうか、男気のあるヤツはどこの世界にでもいるんだな」

 その言葉に、課長がポツリと言った。
「そうだな、男気溢れる行為だな。その御蔭で、薬物から足が洗えたしな」

「えっ?」
 男は驚いた。
「どういうことだ」

 課長は笑って、相手を見た。そして言った。
「警察を相手に一言も自分たちのことを漏らさなかったTやUに、売人たちが感激してな。二人が破滅に向かっていくのが忍びなくて、二人には絶対に薬は売らないようにしようって、取り決めができたらしい」

「はあ?」
 男は訳が分からないふうだった。
「売ってるやつらは、薬を買うやつらのことはただの金づるだと思っていて、相手がどうなろうと知ったこっちゃない。けれど、そんな自分たちをかばってくれたんだ。情が移るってもんなんだろう。
 おまえも真剣に薬と縁を切りたいと思うなら、このまま、喋らなくいい。少し重い刑になるだろうが、薬を止めるいい機会になるだろう」

「えっ、ちょっと待て。えっ?」
 男はひどく動揺していた。

”落ちたな”
 課長は心の中で笑った。

終わり

テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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