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市民のために



「私が次のコロニー長にですか?」
 ベッドに横たわった現コロニー長にその旨を告げられ、私は思わず叫んだ。
「はあ?なんでまた私なんです?私は成人したばかりで、なんの実績もありませんし、コロニー長が普段どのような仕事をしているのかも知らないんですけど」

 私の返答を予測していたのか、コロニー長は微笑んで言った。
「わかるよ。君の驚きと疑問は」
 そして、私の目を見た。
「私も君と同じように、60年前に前のコロニー長に代わりをするように言われたんだ。その時、私は21だったが、なんの実績もなく、何も知らなかった」

「あなたもコロニー長に就いた時はそんなんだったんですか?」
 私は聞いた。
「なんで?一体どうしてコロニー長に、無知な若輩者を就任させようとするんです?」

「うん、その訳はね」
 相手はは答えた。
「コロニー長になるは、知識でも経験でもなく、健康が最も重要だからなんだ」

「健康?」
 意外な言葉に私はコロニー長の顔を凝視した。冗談を言っているわけではないらしい。
 現在、コロニー長は病気を患い、長く床に付いていて、とても健康とは言えない。しかし、確かに21歳の頃ならすこぶる元気だったんだろう。だが、それが、コロニー長になる条件だなんて。

「健康って、私だけが3千人余りが暮らすこのスペースコロニーで、唯一人、病気になってないってわけではないでしょう?ほとんどの人が病院に通うこともなく、つつがなく暮らしてるじゃあないですか」

 私の反論にコロニー長が言った。
「確かにここの大体のみんなは健康に見える。けれど、遺伝子診断の結果はそうとは言えないんだよ」
「遺伝子診断!」
「そう、大抵の人間は、疾患に掛かりやすい何らかの傾向を持っている。今は健康かもしれない。しかし、二十年後、三十年後、心臓疾患やガン、糖尿病などにかかっていないと、自信を持って言える者が何人いるか……」

「それはそうでしょうけど」
 私が口を挟むと、コロニー長が遮った。
「ところが、まれにそういう遺伝子の疾患傾向を持たない人間が生まれる。そして、その中でも特に免疫力が高い人物が……、君ってわけだ」

「私が……」
 言われてみれば、以前受けた遺伝子検査では、特に注意すべき疾患という項目は空白だった。しかし……。

「百歩譲って、私がこのコロニーで遺伝子的に見ても、一番健康だとして、それでも、なぜそれだとコロニー長に適任だということになるんですか?」

 私は疑問をコロニー長にぶつけた。コロニー長は私を見つめると言った。
「その訳はこのコロニーの存続に関わる重大な秘密なので、簡単に教えるわけにはいかない。訳を聞いたら、絶対に口外してもらっては困るし、聞いたあとで、やっぱりコロニー長を引き受けられない、ということになると、君の処遇を色々考えなければならなくなる」

 何だよ、脅しか?そこまでヤバい秘密なのか?
 私は考えて言った。
「もし、ここで、何も聞かずに、コロニー長になるのを断ったらどうなります?」

 すると彼は少し残念な顔をすると答えた。
「その場合は、次に適任だと思われる者に話を持っていくことになるが……。正直、君のようにずば抜けて健康な人間は今のコロニーにはいない。できれば、快く引き受けて欲しいのだが」

 私はまた考え、言った。
「もし、私がここで次のコロニー長になることを引き受けたとして、他のみんなは承知するでしょうか?何の実績もないのに」

「その心配は全く無用だ。私が保証する」
 コロニー長は断言した。コロニー長の交代時に起こるであろうあれこれについては、相当自信があるようだ。
 
 みんなの反対もなく、尊敬される地位に苦労もなく就けるということなら、やってみる価値は十分ある。
 幸い、私には特に将来の夢はなかった。ここは渡りに船だろう。
 
「では、私でよければお引き受けいたします」
 私は次のコロニー長になることを承諾した。

「おお、そうか、良かった、良かった」
 コロニー長は満面の笑みを称えると、私に向かって言った。
「では、なぜ、コロニー長が健康でなければならないかだが……」

 コロニー長の説明によると、我々が暮らすスペースコロニーの飲料水には、ある特殊な薬品が混入されているのだという。その薬の購入や飲料水への投与はコロニー長のみが単独で行っており、市民には絶対の秘密なのだそうだ。

「なぜ、その薬をみんなに秘密裏に飲ませるんです?」
 私は聞いた。
「秘密がバレると、薬が効きにくくなるからだよ」
 コロニー長は答えた。

「?」
「その薬はね、プラシーボ効果を劇的に高めるんだ」
「はあ?プラシーボ効果ですか?」

コロニー長は頷いた。
「そうだ。はっきり言って、我がコローニーはそんなに豊かではない。そのため、高価な新薬の製造や輸入は難しいんだ。しかし、大戦前の旧薬でも、極端な話、小麦粉でも、プラシーボ効果で一定数の患者にはちゃんと効き目がある。その効果がその薬を飲むことによって、もっと良くなるんだ」

 なるほど

「別にここだけじゃなく、他のコロニーでもその薬は使われている。コロニー長の間では常識となっているんだが、市民には一切知らされていない。なぜなら、そういう薬が使われていると知ってしまうと、効果が極端に落ちることがわかっているんでね。私が今、薬がろくに効かずにこうなっているのは、まあコロニー長になった者の宿命なんだ。医者は首を傾げてるようだがね」

「それで、コロニー長は簡単には病気にならないだろうと思われる者に受け継がせるわけなのですね?」
 コロニー長は頷いた。
「そうだ。だから君が次のコロニー長に適任なんだよ」

 程なくして、私は新しいコロニー長に就任した。
 不安はなかった。
 飲料水に混ぜられてるプラシーボ効果を高めるという薬。あの時、コロニー長は特別説明しなかったが、プラシーボ効果が高まるということは、つまり騙されやすくなるということだ。

 それさえわかっていれば、コロニー長の種々の仕事をこなすのは容易い。
 新しいコロニー長への交代の儀式は、それはそれは厳かに行われた。
 もったいぶった、自信に満ち溢れた威厳のある態度、これさえ崩さなければ多少の変な命令でも、市民は受け入れてくれるだろう。不満もコントロールしやすい。

 市民のため、そして自分自身のためにも、立派に役目を果たそう。私が病に倒れるまで。

おわり
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ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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