遺言
「違ってたら不味い、と思ったから持ってきた。確かめて」
布に包んだ箱を、ベッドのそばの椅子に置き、私は言った。
「納戸の一番奥に在ったのはこれだけなので、まあ、間違いないとは思うけど」
父はそれに目をやり、次に私を見、
「わざわざ済まんな」と、言った。
”親の最期の頼みだから”という言葉は飲み込んで、包みを解き、箱を開けて、中から目当てのものを出す。人の頭ほどある白磁の壺だった。
陶芸家であり、私の師でもある父は、癌を患い、入退院を繰り返し、ついに動けなくなってしまった。
そして、昨日、見舞いに来た私に、頼みがある、と言ってきたのだ。
それがこの壺のことだった。自分が死んだら、それに骨を入れて葬って欲しい、という。つまり骨壷だ。父は自分の骨壷を、予め作っていたらしい。
私は、保管場所を聞き、言われたところにちゃんとしまわれていたこれを、父に見せに来たのだ。
間違いがないようにという理由も、もちろんあったが、それよりもどうしても父に聞きたいことがあったからだ。
私は壺を父に手渡した。だいぶ力も弱っているはずだが、父はしっかりとそれを掴み、しげしげと眺めながら、ゆっくりと撫で回した。
「そいつで間違いないんだね」
私は聞いた。
「ああ、これで間違いない。こいつを私の骨壷にしてくれ」
父ははっきりと答えた。
病いで弱っているとはいえ、父は別に認知機能や目が衰えているわけではない。私は納得がいかなかった。
「なぜ、それなの?俺にはその壺は出来が良いようには見えないんだけど」
私は言った。
「親父の最高傑作は当然、人の手に渡ってるし、骨壷にしてしまえば、世間の目に触れなくなってしまうから、出来の良いものを使わないのはわかるけど、それにしたって、それはあまりにも……」
私の言葉を聞き、父は静かに微笑んだ。
「まあ、お前なら不思議に思うだろうな。わかるよ」
そう言って、私に壺を返してよこした。
「確かに、これは出来が良くない。自分の作として人に見せるのは、恥ずかしいくらいだ」
なんだ。父もそう思っていたのか。では、なぜ?
「でも仕様がないんだ。この壺は、タミが、お前の母さんが死んだ直後に作ったものでな。やはり平静ではいられなかったから」
ああ、母さんが死んだときの……。
母は、私が小さいときに事故でなくなった。突然のことで、父も私も悲嘆にくれた。立ち直るのにはお互い、ずいぶん時間がかかった。
するとこの壺は、母が死んだあとの最初の作品ということなのか。だから、自分の骨壷にしようと。
「それに」
続けて父が言った。
「骨を使ったのは後にも先にもこれだけだから、やっぱりうまくいかなかった。ボーンチャイナの技法を参考にしたんだが、母さんの肌の色のような白さを作り出すことはかなわなかった」
はっ?骨って、ひょっとして……。
「母さんの遺骨は全てこの壺の材料となっている。この壺は母さんの分身みたいなものなんだ」
やっぱり。
聞くところによると、納骨のあと、一人でそれを掘り出し、遺骨を回収。墓の下の母の骨壷には、何も入っていないらしい。
私は納得し、壺を携え、病室を後にした。
数カ月後、父は亡くなった。
私は遺言どおり、父の遺骨をその骨壷に入れることはしなかった。
父の骨は今、私の目の前で、細かく砕かれている。私はそれで壺つくるつもりだ。もちろん、自分の骨壷にするために。
終わり
スポンサーサイト