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遅すぎ?




 だいぶ前から、妻とは上手くいっていないと感じていた。特に言い合いをするわけではなく、表面上は平和に過ごしていたが、昔のように親しくすることはなくなっていた。私としては、そのことについて少し気にはなっていたが、こちらから何らリアクションを起こすことはなく、そんな状態が十数年続いていた。

 それでも子どもたちが家にいた間は、それに耐えられていた。しかし、最後まで残っていた末の娘が嫁いで行き、妻と二人きりになってからは、家の中は静まり返り、常になにか重苦しい空気が部屋に満ちている気がした。

 考えてみれば、ここ30年、仕事にかまけ、家事も育児も妻に任せっきりで、ろくに家庭を顧みなかった。妻が私に冷たいのも当然だと思う。
 私は深く反省し、あることをしようと決めた。今までやったことがなかった、結婚記念日のお祝いを妻に贈ろうと考えたのだ。
 姑息だとわかっているが。

 そして今日が丁度結婚30周年目だ。私は花とケーキを携え、帰路に向かった。もちろん他のプレゼントも用意した。店員に勧められたネックレスと旅行券。休暇をとって、国内の温泉旅行に誘うつもりだった。

 定刻よりやや遅れて帰宅すると、妻は普段と同じようにキッチンにいた。
「ただいま。これ買ってきた」
 私は妻に近付くと花とケーキを渡した。

「それからこれも」
 カバンからリボンがかけられたプレゼントの箱を出す。
「受け取ってくれ」

「えっ?」
 妻は驚いて私と箱や花を見つめた。何事か測りかねているようだった。
 私はできるだけ平静に言った。
「結婚記念日のお祝い。今日は二人が結婚して丁度30年だろう。だから」

 私のセリフを聞いた妻は、しばらく黙ってプレゼントを見つめていたが、それから小さくフフッと笑った。
 そして笑い声はだんだん大きくなり、ついには狂ったような高笑いとなった。

 私はぎょっとした。これはまずい。少しは喜んでくれると期待してはいたが、これは地雷を踏んだか?
 そう思っていると、妻の笑い声は泣き声にと変わった。

「ど、どうした?何かまずかったか?」
 私が妻のそばに寄って聞くと、妻は涙声で言った。
「遅い、遅いよ、ばか」

 私は返す言葉がなかった。
 そうか、やっぱりか。長い間、夫らしいことをしてこなかった。いまさら結婚記念日だからと、プレゼントや花など買ってきても、妻には怒りを誘うものでしかないのだろう。

「すまん」
 私は妻に頭を下げ、プレゼントをテーブルに置いて、キッチンを出て行こうとした。
 すると、まだ涙声で妻が私に言った。
「三日前、16日、夕ご飯何だったか覚えている?」

「えっ?」
 あまりに意外な問いに私はかなり驚いた。けれど、今妻を刺激するのはまずい。そう思い、素直に記憶をたどった。
 確か、その晩は好物のサバの味噌煮だったはずだが……。

「サバの味噌煮?」
 私は恐る恐る答えた。
「そう、覚えててくれたのね」
 妻はニコリともせず言った。
「実は去年の4月16日も夕飯のおかずはサバの味噌煮だったのよ。さすがに覚えていないでしょうけど」

 私は妻が何を言いたいのかわからず黙っていた。
「あなたと結婚してから4月16日の夕飯はサバの味噌煮と決めていたの。あなたが好きだったから」

「えっ、そうだったの?えっ?すると、ひょっとして?」
 恐ろしい考えに思い当たった。
「今日、4月19日は私達の結婚記念日じゃないわ。入籍を3月19日にして、4月16日に結婚式と披露宴をあげたのよ。あなたはだいぶ前からごっちゃになっていたようだけど」

 何ということだ。自分たちの結婚記念日を間違っていたとは。
 これではたしかに遅すぎる。30年目の結婚記念日はすでに3日前に終わっていたのだ。

「本当にすまん」
 私は深々と頭を下げた。
「何とわびていいのかわからない。こんな亭主では愛想も尽きただろう。もし、お前がもう離婚したいと望むなら、好きにしてくれて構わない。俺はできるだけの償いをするつもりだ」

 そこに妻の声がした。

「来年の4月16日に、今度は間違えずに32回目の結婚記念日のお祝いをしてくれるなら許します」

 許してくれるという言葉に喜んで頭を上げたが、ちょっと引っかかった。
「32回目?来年なら31回目になるはずでは?」

 言って、すぐに悟った。
 妻は呆れ顔で見ている。

「今年で結婚31年目です。結婚30周年は去年の4月16日、もしくは3月19日でした」

 いやはや、なんとも。とんでもない亭主だと自分でも思った。それでも妻は来年の結婚記念日も一緒にいてくれるつもりらしい。
 私は再び妻に深く頭を下げた。


終わり
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テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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