夢に周公を見ず
「これを飲めば、思った通りの夢が見れるのね?」
私は期待に胸を膨らませて、渡された錠剤シートを見た。
「いや、絶対というわけじゃないから。あくまで見やすくなる、ってだけで」と、薬をくれた友人のメイは水を差した。
「自分が見たいと思う夢を見ることができるようになるには、まずは明晰夢を見る必要があるの。で、その薬を飲むと、必ず明晰夢が見られるようになるってわけ」と、言ってきた。
「明晰夢?」
私は聞いた。
「ああ、これは夢なんだ、自分は今、夢を見てるんだなあ、ってわかる夢のことよ」
相手が答えた。
「ああ、たまにそんなことあるかも」
私は過去に見た夢の幾つかを思い出した。
「夢の中で、今、自分は夢を見ているって自覚できたら、そこから見たい夢に持っていくの。最初は上手く行かなくて目が覚めてしまうかもしれないけど、そこをうまくコントロールして、目が覚めない、けれど夢も見なくなるほど深く眠らないという状態を持続して、見たいもののことを考える。多分、一週間もしたらできると思うわ」
「ありがとう、やってみる」
私はメイにお礼を言った。
「でも、薬まで飲もうとしていることは、バレないようにしなさいよ。旦那さんには言ってないんでしょう?夢でどうしても逢いたい人のこと」
私はうなずいた。
「まあ、知り合った中学の頃から、ずっとあの俳優のファンだったもんね。だから気持ちは分かるけど。えーと、なんたらタケシって人だっけ?」
「イジュウイン タカシ!」
相手の失礼な物言いに、私は強く訂正した。
「考えてみれば、あのイジュウインって、あんたの旦那さんに似てるよね。いや、旦那さんがイジュウインに似てるのか」
そうだ。旦那と付き合おうと思ったきっかけは、顔がイジュウイン タカシに似ていたからだ。でも、やっぱり、彼じゃないと……。
「あなたの熱愛している俳優に自分が似ていることを、旦那さんは知ってるの?」
「いや、言ったことない。ショックを受けられたら嫌だし……」
私が中学の頃から、イジュウイン タカシのファンだということは旦那には秘密だ。
まして、イジュウイン タカシが好きなのではなく、彼がやった役のマジマ セイギに惹かれたのだということは、家族の一部しか知らない。
更に本当は、マジマ セイギが気に入ったのではなくて、彼が変身した姿のライドレンジャーに心を奪われたということは誰にも言ってない。
そして、彼のそばにいる女性キャラに激しく嫉妬したことも……。
今宵、この薬を飲んで、ライドレンジャーに会おう。そして私は悪の女幹部として、ライドレンジャーをいたぶるのだ。
私は、逸る胸を抑え、家路についた。
終わり
最後までお読み下さり、ありがとうございました。
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