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裏切り



「どうしたの?」
 沈んだ顔をしている彼女に彼が聞いた。

「実はクロが……」
 うつむき、ボソリと答える。クロとは彼女が飼っている猫だ。

「クロ?そういえば見当たらないけど……。まさか?ひょっとして……」
 驚く彼に、彼女はかぶりを振った。
「大丈夫、死んではいないわ。ただ……」

「ただ?ただ、どうしたの?」
 なかなか話さない彼女に、彼は多少苛立ちながら、またたずねた。
 そこでやっと、決心したように彼女は事情を説明し始めた。

「言ったとは思うけど、実はこの前、実家に行く用事ができたの、1週間。クロも一緒に実家に連れて行ってやりたかったんだけど、向こうには猫アレルギーの甥がいて、ちょっと無理だったの。
 そこで、以前から親しくしてもらっていた、ご近所の猫好きなおばさんに預かってもらうことにしたのよ。おばさん、喜んで引き受けてくれて、私もホッとしたんだけど、実家から帰ってきてみたら、クロ、私のことすっかり忘れていたの」

 そこまで聞き、彼氏は笑った。
「なあんだ、そんなことか。まあ、猫なんだもの、しょうがないよ。どうせすぐ思い出したんだろう?君のこと」

 それに対し、彼女は悲しそうにかぶりを振った。
「それが全然。お家に帰ろうって抱き上げようとしたら、歯をむき出して威嚇された」
「それはちょっと、ひどいね」
 彼が同情して言った。

「それでもなんとか、捕まえて、バスケットに入れて、ここに戻ってきたんだけれど、なかなか警戒心を解いてくれなくて、少ししたら、ちょっとした隙きに居なくなってしまって、案の定、おばさんのところに戻っていた。
 それで、迎えに行って、また逃げられて、またおばさんのところに迎えに行ってて、三回繰り返して……。四回目に、おばさんに引き取ってもらうことにしたの。クロ、どう見ても、私といる時よりおばさんのところにいる時のほうが幸せそうなんだもの」

 そこで彼女は黙ってしまった。彼氏も掛ける言葉が見つからず、ただ、彼女の方に手をおいた。
「クロは最初、私が見つけた時は、本当にガリガリで、毛も生えそろってなくて、病気もあって、お医者さんに連れて行ったし、ごはんやベッドだって、何がいいのか、色々考えて、やっと、どこから見ても立派な、毛並みのいい姿になったと思ったのに、それが……」

「気を落とさないで」
 彼氏が言った。
「辛いことだとは思うけど……」

「そう、とっても辛かった」
 彼女が言った。
「だから、あなたとはもうこれっきりにします。今度のことで、愛してるものに裏切られることの痛みが、あなたの奥さんの気持ちが、しみじみ分かったの。もう、連絡もしないでください。さようなら」


「そういうわけですか」
 警官が聞いた。
「ええ、それで彼女の気持ちをなんとか取り戻そうとして」
 彼氏が答えた。

「でも、この家の住人からうかがった話では、問題の猫は、飼い主の方から、ぜひ貰ってくれと言われたもののようで、一度も、預かったとか、飼い主のもとから逃げ出してきたなどということはなかったそうですよ。
 多分、あなたは騙されたのだと思いますが、猫が目的とはいえ、他所の家に侵入したのですから、逮捕させてもらいます」
 警官はそう言って、彼氏を連行した。

終わり
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テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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