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復讐するは……




「やっと完成した」
 男が言った。
 男はナノマシンの研究者だった。

「完成した?」
 男の友人が聞いた。
「何のマシンを作っていたんだっけ?」
 友人と男は学生時代からの付き合いで、変わり者の男のまわりで唯一、今も交際を続けている奇特な人間だ。

「世界平和を達成するためのマシンだよ」
 男が言った。

「世界平和?」
 友人は驚いた。
「随分と大きく出たな。もしそれが本当なら、君は全人類の救世主として、崇め奉られるぞ」
 どうも、男の言葉を友人は疑っているようだった。

「まあ、本当に世界に平和が訪れるのかは確信はない。でも、僕が発明したこのマシンを使えば、理論的には争いごとは随分と減るはずなんだ」
 男が言った。

「ふ~ん、お前がそう言うなら、あながち根拠の無いことではないんだろうが……。で、どんなマシンなんだ?」
 友人が男に説明を促した。

 男は注入器に入っているであろう、自分が作ったナノマシンを手に取り、言った。
「このマシンはね、人体に注入されると脳に移行し、人間のある基本的欲求を抑制するように働くんだ」
「基本的欲求って?」
 友人が聞いた。
「ん、それは報復しようとする欲求さ。復讐心がなくなる、と言ってもいいかな」
 男が答えた。

「報復って、それ、基本的欲求か?」
 友人が言った。
「そうだよ、あまり知られていないようだけれどね」
 男が事もなげに答えた。

「子供の頃のことを思い出してごらん。大抵、誰か同じ子供がぶつかってきたとか、叩いたとかすると必ず仕返ししようとするよね。そして、一回は一回だ、とか言っておもいっきり叩いて、そんなに強くしなかったとかなって、よく喧嘩になっただろう。
 それもこれも、自分が与えられた危害に対し、報復したいという強い欲求が我々の脳に沸くからなんだよ。そして、そういう結果から考えると、欲求を強く持っていた個体のほうが、持っていなかった個体より、生存に有利だったんだろう、ということだ。進化心理学によればね」

 友人は黙って男の話を聞いていた。
「遠い昔、人間のその本能的欲求は確かに役立っていたんだろうけど、現在ではその欲求は人類全体を滅ぼしかねない、危険なものになっていると思わないか?いわゆる暴力の連鎖だ。
 家族が殺されたから、友人が傷つけられたから、だから敵の集団に復讐を誓う。そして、敵の誰かを殺し返し、そして殺された敵側の誰かが復讐を誓う」

「確かに、よく聞く話だ」
 友人が言った。
「だからこのマシンが必要だと思ったんだ。現代において、復讐心を全開にして行動することは、決して人類の生存を有利には導かない。かえって人類を破滅に追い込む危険がある。
 しかし、理性で分かっていても、大切な人を失ったりしてしまうと、報復の欲求が我々を満たして、誤った行動を取らせてしまう」

「けれど、このマシンを使えばもう大丈夫。復讐を企てることを欲しなくなるんだ!」

 感心したように男を見ていた友人が聞いた。
「さっき、完成した、って言ったよな。すると、もう誰かに試したわけだ。ひょっとして自分に?」
 男は頷いた。
「で?……。誰かを恨んで仕返ししてやろうなんて気持ち、まるでなくなった?」
「ああ、そんな感情はすっかりなくなってしまった気がするよ」
 男が答えた。

 その答えを聞き、男をじっと見ていた友人が言った。
「実は、今まで黙っていたけど、ツヤコとは、つまりお前の女房とは、お前たちが付き合う前から関係していたんだ」
 衝撃の告白に、男はただ黙っていた。
「それと、テルの実の父親は俺だ」

「知ってたよ」
 男が答えた。
 そして、ナノマシンの注入器を掴み、友人に突き刺した。

「僕も告白するけど、一年前、君は暴漢に襲われ、ひどい目にあっだろう。具体的にはレイプされたよね。あれ、僕が頼んだんだ」
 意外な告白に、友人は驚き、そして怒りに燃えた。

「なんだと!」
 反射的に男の頭を側の道具で殴った。
 男の思惑が外れ、ナノマシンの効き目が現れる前に友人が行動に出てしまったのだ。男は倒れ、絶命した。

 その後、男の制作したナノマシンは友人の手で廃棄され、今も世界には復讐の嵐が渦巻いている。

終わり


最後までお読みくださり、ありがとうございました。
 
 
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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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