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サクラチル




 早朝、山の中で、一人男が倒れているのを別の男が見つけました。
 彼は駆け寄ると、倒れている男の首に指を当て、男の状態を確認しました。
「駄目か」
 彼はため息をつき、首を振りながら立ち上がった後、そばの木を眺めました。
 それは今は一つも花を付けていない桜の木でした。その木から落ちてきたのでしょう。あたり一面、倒れた男の体にも桜の花びらが敷き詰められておりました。

 五十も半ば過ぎ、男は生きることにいささか飽きがきていました。
 彼には家族がありましたが、子供は既に成人し、独り立ちしています。妻との仲はごく普通のようにも思えましたが、自分がいなくなっても、彼女にさほど影響はないようにも感じます。自分の保護が必要には思えませんでした。
 また、仕事は普通に評価されていましたけれど、いなければ困る存在とは言えませんでした。

「何か、もう先が見えた気がする」
 男はそんな思いにとらわれ、日々の生活に張り合いをなくしていた時、あの西行の歌を知りました。
”願わくは 花のもとにて 春死なむ その如月の望月の頃”

 その時、男の目にありありとその光景が浮かびました。
 満月が煌々と天を照らす中、桜の花が吹雪のように舞い落ちる。その地面に静かに横たわる自分。月の光を浴び、桜の花びらが降り注がれている死体。それはそれは幻想的な気がします。
 
 何と美しい死に様だろう。
 男はそうやって死ぬことを夢見るようになり、それを実現することを目指しました。生きる目的が出来たのです。

 幸い、彼は植物を扱う仕事をしていました。桜の品種改良も可能でした。彼は如月(2月)に、そして望月(満月)の時に花盛りとなる品種の作成にとりかかりました。

 2月に桜を開花させることは、早咲きの桜なら南のこの地方では十分可能でしたが、満月の時にいっせいに散るようにするのには、かなり苦労をしました。
 それでも数年で、それは可能になり、後は桜吹雪の情景が出来るくらいに、木が十分に大きく、多くの花をつけるようになるのを待つだけとなりました。

 しかし、そこで彼は思い至りました。桜の花、満開の下、自分が死ぬ方法です。はて、どんなやり方が最もふさわしいのでしょうか?
 首吊り?服毒?手首を切る?まさか切腹?

 如月の望月の頃、花のもとで死ぬにはどれもふさわしくないように思えました。
 ああ、そうだ!いっそ!
 彼は自分が死ぬもっともふさわしい方法を思いつきました。そう、桜に殺されるのです。

 桜に毒をもたせよう。あの素晴らしい匂いに神経が麻痺する物質を混ぜるようにしよう。そしてそれは花が散るとき、もっとも多くなるようにしよう。

 男は再び桜の改良を試み、そしてそれに成功しました。2月の満月に一斉に散り始め、人を眠らせる物質を放出する。そういう桜が完成したのです。

 後は桜の木が十分大きくなり、成人男子の致死量に達するほどの毒を生産するのを待つだけでした。
 彼はそれが達成されたか、毎年、若者を誘導し、満月の夜に花見に行かせました。

「もしもし、救急車の手配お願いします。場所は……」
 若者は生きていました。今年も失敗でした。彼は既に高齢で、寿命が尽きてしまうかもしれません。
 彼の願いは叶えられず、サクラチルとなるかもしれません。

終わり

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

 
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テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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