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アベルの末裔



 
 夕食が終わって、なんとなくリビングでまったりしている時だった。
「カインとアベルの話、知ってるか?」
 唐突に兄が僕に聞いた。

「ん~?知らない」
 僕はスマホをいじりながら、ぞんざいに答えた。
 両親は久々の夫婦水入らずの旅行にでかけ、家には兄と二人きりだ。いつもなら、早々に部屋に引き上げる兄が、僕の正面のソファに座り、僕を見ている。

「知らないか?有名な話なんだが」
 更に語りかけてくる兄を、僕はスマホから目を離して見た。
 いつものことだが、顔を見ても何を考えているのかさっぱりわからない。眼鏡の奥の瞳はこっちをじっと見つめていて、気味が悪い。

「知らないものは知らないよ。何?外国の小説?」
 僕は兄に尋ねた。
「いや、小説とは少し違うかな。聖書の話さ」

「セイショ?それって神様の話?」
 少し意外な感じがして、僕は兄に言った。
「いや、ちょっと違うかな。主に人間の話だ」
「ふ~ん」
僕は一応、そう返事したが、そんな話には全く興味が湧かなかった。兄は何が言いたいんだ?

「兄より優れた弟などいない!」
 また、唐突に兄が言った。
「なにそれ?マンガのセリフじゃん」
 僕は困惑して兄の様子を伺った。

「カインとアベルの話はそういう話なんだ。つまり、兄弟の話さ」
 真面目な顔で言う。
 兄弟の話?じゃあ、兄は僕達二人のことについて、何か言いたいことがあるというわけか。
 僕は少し身構えて兄の次の言葉を待った。

「カインとアベルはアダムとイブの息子達だ。カインが兄で、アベルは弟。カインは農業に従事し、アベルは牧畜を生業とした。
 それで、ある日、二人は神に捧げ物をした。それぞれ自分たちで生産した物をね。
 ところが何故か、神はカインが捧げたものには見向きもせず、アベルの捧げ物だけを受け取った」

「え~、そうなの?両方受け取ったんじゃなく?弟の方だけ?」
「ああ、そう聖書に書いてある」
「なんだよ、それ? その神様おかしいんじゃない?なんで?」

「それに関しては様々な説がある。カインは神を侮っていて、直接捧げ物を持ってこなかったとか、根本的に、神への捧げ物は、犠牲、生き物の血が必要なのを知らなかったからとか」

「はあ~?それにしてもその神様少しひどくない?、なんか、えこひいきというか……」
「そうか?」
 兄が言った。
「神と考えると確かに不公平な気はするが、実際の兄弟の間では、こういうことはよくあるだろう」

 僕はすぐに兄が両親のことを言っていることが分かった。
 兄は頭も良く、運動も出来た。優れた人間だ。そして、僕はといえば、学校の成績もスポーツも特に秀でたところはない。平凡な人間。

 でも、何故か両親は僕の方をかわいがった。同じ失敗をしても、兄は厳しく咎められたが、僕の場合は許された。
 父と母の誕生日に兄と僕がプレゼントしたときも、僕の方の贈り物には大げさに喜んでくれたが、兄の贈り物に対しては通り一遍のお礼しか言わなかった。

 兄は聖書の物語にかこつけて、両親の文句を僕に言いたいのか?
 そう思っていると、兄がまた言葉を続けた。

「それで、カインはその神の仕打ちに大変怒ってね。アベルを誰もいないところに呼びつけて殺してしまったんだ。これが人間が最初に犯した殺人だ。つまり、カインは人類最初の殺人者、アベルは人類最初の被害者なんだよ」

 えっ!殺人!
 何?一体、兄は何を言いたいんだ?まさか?

「それでね。更に興味深いのは、カインは弟のアベルを殺したことを神様に知られてしまうんだけれど、神様はカインを死刑にはしなかった。なんと、ただ、追放しただけなんだ。今まで自分が耕していた土地からね。
 その後、カインはエデンの東に移って、妻も娶って、子供も生まれた。
 そんなわけで、カインの末裔、人殺しの血を受け継いでいる人間はこの世にいっぱい残ってるのさ」

 なんだろう。なんか急に睡魔が襲ってきた。とても眠い。
 兄はなぜか笑っている。

 僕はぼやけた意識の中で、言った。
「それは、きっと、神様もえこひいきしたことを悪いと思ったんだよ。だから、死刑にしなかったんだ。きっとそうだよ」
 多分、両親も自分たちの兄に対する態度を本当は反省しているんだと思っている。

「そうかもな」
 兄が言った。
「多分、アベルはとても良い子だったと思うんだ。とても魅力的で、誰もが可愛がらずにはいられない、そんな愛嬌のある性格で、誰からも愛されて。そう、おまえみたいに」

 駄目だ、もう目を開けていられない。兄の声が遠くに聞こえる。
「アベルは若くして死んだから、正式な末裔はいないわけだけれど、兄弟と家族の関係があるかぎり、過去に第二、第三のアベルはきっといただろうな」

 僕はついにきちんと座っていられなくなり、ソファの下に崩れ落ちた。

「さっき、夕食に仕込んだ薬が効いたようだな。
 心配するな。お前は過去のアベル達とは違う。彼らには魅力が足りなかった。兄をとりこにする魅力がな。
 明日の夕方まで親父とおふくろは帰ってこない。さあ、二人だけの楽しい夜を過ごそう」

 兄は僕を抱え上げ、寝室に向かっているようだった。薄れゆく意識の中、それだけが感じられた。

終わり

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

 
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テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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