コンテントヘッダー

 冬の恋人




 風が窓を叩いていた。
 閉じられていたカーテンを少し開き、女は外の様子を伺った。ひどい吹雪だ。
 夜の闇の中、ぼんやりと浮かぶ街灯の周りを多量の雪片が激しく行き過ぎている。

「ちょうどこんな晩だったわ」
 女が窓の外を見つめたまま、ポツリと言った。

「ん?何が?」
 十分に暖房の効いた部屋で、グラスを片手にした男が聞いた。
 女は開いていたカーテンを閉じると、男の方を振り向き、少し笑って答えた。

「私の母がいなくなった日。こんな、吹雪の夜だったの。風の音が恐ろしいくらいして、家を何度も揺らしていたわ」
 女の意外な言葉に男はやや神妙な顔つきをすると、持っていたグラスをテーブルに置いて、女を見つめた。
「そうなんだ」
 
 女は男に近寄ると、対面のソファに座った。
「まだ、物心ついたばかりの歳だったけど、はっきりと覚えてるわ。その夜、私は眠っていたんだけれど、途中で目を覚ましたの。そしたら、両親の言い争う声が聞こえてきて。いつも仲が良くて、それまで一度も喧嘩なんかしたことがなかったから、とても驚いたの」
 
 遠い目をして女は続けた。
「私はどうしたらいいのか分からず、息を殺して様子をうかがっていた。すると、やがて、玄関のドアの開く音と、母の名を呼ぶ父の大きな声がしたの。それで、私は起き上がって玄関に走って行った。すると、そこに父が呆然と立っていて。開いたドアから雪がいっぱい吹き込んできていて。

 その時、父に母はどうしたのかと聞いたけど、父は無言で私を抱きしめるだけだった。私は訳が分からず、けれど、何故か母が居なくなってしまったことだけは分かって、そこで泣いたの。いっぱい」

「それは辛かったね」
 男は女を慰めるように言った。
「ええ、とっても。それから父と二人だけで暮らすようになって、時々、父に、なぜ母が突然出て行ったのか、どこに行ってしまったのか、聞いてみたけど、まったく教えてくれようとしなかった。
 何か子供には言えない事情があるのだとは薄々感じていたけれど、その当時は父を随分恨んだわ」

「今は?」
 男が聞いた。
「ううん、全然」
 女が首を降って言った。
「今は父のことは全く恨んでないわ。だって、私が成人した時、ちゃんと訳を説明してくれから」

「そう、それは良かったね」
 男が微笑んで女に言った。

「あのね、それで、父の話で分かったことなのだけれど、実は私の母親は雪女だったらしいの」

「はあ?」
 男は思わず声を上げた。
「父は昔、猟を趣味にしていて、ある日仲間と冬山に出掛けて、猛吹雪に遭って、道に迷ってしまったんですって。そこで、偶然見つけた山小屋で一晩泊まることにしたらしいんだけれど、夜中目を覚ますと……」

「そこに雪女がいた?」
 男が言った。
「そう」
 女が答えた。
「そして、その雪女が仲間の顔に息を吹きかけたら、その人はたちまち凍ってしまって……」

「分かった、分かった。それで、雪女は君のお父さんに自分を見たことを誰にも言うな、言ったら殺すって脅したんだろう」
「ええ」
「それからしばらくして、なんかの拍子に君のお母さんとお父さんは知り合って」
「そう」

「結婚して、君が生まれた。けれど、君のお父さんがうっかり、雪女を見た話をしてしまって」
「ええ」
「君のお母さんは、自分がその雪女だとお父さんに正体をバラして、お父さんを殺さない代わりに、君を置いて出てってしまったと」
「ええ、そうよ」

「有名な話じゃあないか」
 男が肩をすくめた。
「ええ、そうだけど、いけない?」
 女が抗議した。

「いや、いけないってことはないけど、君のお父さんが苦し紛れに君にでたらめ言っただけじゃないの。だって、それが本当だとすると、君は雪女の娘ってことになるよね」
「ええ、そうよ。私は雪女の娘よ。それが証拠に、ほら!」

 そう言って、女は男に息を吹きかけた。
 すると、たちまち、男の体は冷気に包まれ、男は体をこわばらせた。
「えっ、え~っ!」
 かじかむ身体を何とか動かそうとしながら、男は叫んだ。

「あら、あなたも随分、寒さに強い体をしているのね。私のお父さんみたい」
 完全には凍らない男を見て、女は少し意外な顔をした。

「そういえばあなた、結構イケメンね」
 合わない歯を鳴らし、両腕を胸に縮こませて震えている男を見て、女が言った。
「いいわ、この場はあなたのことは見逃してあげる。でも、言いたいことは分かるわよね?」

「喋ったら、殺す?」
 男が答えた。
「そう」
 女は笑った。

「あの?」
 男が女におそるおそる聞いた。
「君も、その……、姿を変えられるのかな?お母さんみたいに」

「ええ、できるけど」
 女はニコニコしている。
「それじゃ、これから、別の姿になった君と出会って、結婚しちゃったりなんてことは……」

「ああ、あるかもね。でも、大丈夫。何も心配いらないわ。今日のこのことさえ黙っていればいいんだもの……。簡単でしょう?
 それじゃあね」

 それだけ言い残し、女は猛吹雪の中、いづこかへ去っていった。
 
 男は今後、どんないい女に会っても、結婚することだけは避けよう、と心に決めた。
 果たしてその誓いは完遂されるのか、男の運命やいかに。


終わり

最後までお読みくださり、ありがとうございました。
スポンサーサイト

テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

このページのトップへ
このページのトップへ
プロフィール

火消茶腕

Author:火消茶腕
ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR