コンテントヘッダー

禁酒法




「酒を飲ませてくれる店があると聞いてきたんだが」
 カウンターに出されたミルクを受け取り、それを一口すすった後、俺は言った。

「この辺で?何かの間違いでしょう」
 店のマスターは即座に返事をした。いたって正直そうな顔だ。
 しかし、俺は似たような返事を腐るほど聞いている。そして、それを信じたことは一度もない。

「悪いがゲームをしている暇はない。先を急いでる。教えてくれ」
 ミルクの入ったグラスを持ちながら、相手を凝視した。

「そう言われてもねえ……」
 マスターは横を向き、グラスを磨き出した。話には乗らない、という意思表示だろう。

「先週の土曜日にここに飲みに来た男がいた。店を出て3ブロックほど歩いた後、その男は女を買い、安宿にしけこんだ。しかし悪いことに、自分でも知らなかった病気を男は抱えてた。心臓だ」
 俺はここでミルクを一口飲み、コップを置いた。

「後は想像付くだろう?男は女の上で死んだ。まあここまでなら、この街では別に珍しい話ではない。しかし、念のためにとやった司法解剖の結果、血液からアルコールが出た」

 ここまで聞いて、マスターは磨いていたグラスの手を止め、こちらを向いた。
「調べでは他の店には男は立ち寄っていない」

「ダンナ、うちでは、その……」
 何とか言い訳を探そうといている相手を俺は遮った。
「どこから仕入れた?酒の出処を吐くなら、お前のことは見逃してやってもいい」


 人が溢れ、海面が年々上昇しているこの状況では、資源の無駄遣いは許されない。特に食料はまさに命の綱であり、どこの国でも厳しくそれは管理されていた。
 何の栄養効果もない嗜好品の生産は制限され、人体に害を及ぼす可能性の高い”酒類”は今では製造も流通も一切禁止となっている。
 
 生まれた時からすでに酒が禁止されていた俺たち世代は、特に飲酒の欲求はない。しかし、禁酒法が施行される前の時代を知っている者、更に、一部の好奇心に長けた者は、法を犯してでも酒を飲もうとする。

 酒の密造と密売は莫大な利益を生むことになり、それが裏社会にはびこっている。
 アルコールGメンの俺はそれを取り締まるのが仕事というわけだ。

「ダンナ、本当に何かの間違いですよ。うちは酒など置くようなそんないかがわしい店ではないんで」

 すぐに吐くかと思われた男は意外としぶとかった。
「いいのか、そういう態度で?家宅捜索となるとこの店は当分営業停止、おまえにもこちらのオフィスに来てもらうことになるが?」

 俺は相手の目を睨んだ。しかし、マスターも正面から俺を睨み返す。
「どう言われようと、やってないことはしゃべれませんよ。お代は結構ですから、もう帰ってもらえませんか?」

 俺はコップに残ったミルクを飲み干すと、代金をカウンターに投げ出し、席を立った。
「いいだろう。今度来るときは令状を持ってくる。覚悟するんだな」


 店を出たその足で、俺は令状を取るために役所に向かった。
 あの、やつの自信はなんだ?
 死んだ男が寄った店は他にあったのか?

 オフィスで令状が出来るまでの間、俺はあの店のマスターの記録を調べた。
 モニターに出てきたやつの経歴はかなり興味深いものがあった。
「やつは何を企んでいる?」

 令状が出来上がるとすぐに、俺は担当警官を引き連れ、店に直行した。
「さあ、お望みのものを持ってきてやったぞ。捜査令状だ。ついでにおまえはこちらのオフィスまで来てもらおうか」

 取調室でやつと対面する。
 しかし変だ。さっきから、動悸がして、顔が赤くなっている。捜査を行う関係上、俺もアルコールを飲んだ経験があるが、この今の俺の状態はまさしく、その時のものと同じだ。
 意識を集中するのが困難で、体のコントロールも覚つかない。

「貴様、俺に何をした?」
 俺は酒臭い息を吐きながら、店のマスターに怒鳴った。
 店は家宅捜査中だが、酒は見つかっていない。
 あの時俺が飲んだのは確かにミルクだったが、俺は今完全に酔っ払っている。血中のアルコール濃度が高い。

「相当酔っているようですね、ダンナ」
 マスターは嬉しそうに笑った。
「あのミルクに何か仕込んだんだろう?」

 やつは少しの間黙っていたが、決心したようにしゃべり出した。
「まあ、その通りです。私が創りあげた細菌を、ちょっとね」

 やはりそうか、と俺は思った。
 この男は今は喫茶店のマスターなどをやっているが、つい去年まで微生物学の研究室にいたことは分かっている。
「その菌が俺を酔っ払わせているんだな」
 男はうなずいた。
「私が創りあげた菌は、体内で摂取した食物の糖類をアルコールに変換する能力があるんです」
「何で、そんなものを作った?」
 俺は聞いた。

「好奇心が半分、後は禁酒法をめちゃくちゃにしてやりたいと思いまして」
「三年前に死んだあんたの恋人が関係するのか?あんたと同じ研究者だったが、密造の片棒を担がされ、挙句殺されたな」

 マスターは意外な顔をした。公権力の情報収集力を舐めてもらっては困る。
「そうだ。やつらはさんざん彼女を利用し、都合が悪くなったら、あっさりと彼女を……。でも、これで終わりだ。私の実験は成功した。最早禁酒法は意味を成さない」

「確かに、あんたが創った菌が出回れば、酒を飲まなくても酔払らうことが出来る様になるだろうが。残念ながらそうはさせられない。あんたを逮捕する」

「逮捕?禁酒法には違反していないが?」
「確かにそうだろうが、危険薬物をばらまいた罪にはなる。どの程度の罰を受けるか、裁判を楽しみにしてるんだな」

 酔った頭をなんとか駆使して、マスターに捨て台詞を吐いてやった。が、どうやらそれも無駄になりそうだった。
 やつが創った菌は伝染力があったようで、無理にばらまかなくても、今では大半の成人が菌を保有しており、体内でアルコールを生産している。酔った陪審員と裁判官では審議が不可能だ。
 しかし、それも、みんなが酩酊の中に落ち込むと、どうでもいい話となった。

 やつも多分、酔っ払っているに違いない。恋人を殺された男にはそれが似合っている。たとえ復讐を果たしたとしてもだ。
 仕事をお払い箱になった俺は、夜の街を見つめ、そう思った。


終わり

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

 
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テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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