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伝承




「鴨とり権兵衛の話を知ってますか?この辺りが発祥と言われているんですが」

 我が家の蔵に眠る古文書を調査に来られた、エガワ准教授が私に聞いてきた。
 ちょうどお茶をお出しし、対面に腰を下ろしたところだった。私は湯呑を取ろうとした手を止めて言った。

「鴨とり権兵衛ですか?まあ、子供の頃に聞いたことはありましたが、どんな話だったか……。詳しいことは忘れてしまいましたなあ。
 確か権兵衛という男がいっぱい鴨を取ろうとして、罠を仕掛けたら逆に鴨達に空に引っ張り上げられて、飛んで行ってしまう話でしたよね」

「そうです」
 エガワj准教授はうなずいた。
「それでその後どうなるんでしたっけね?」
 私はたずねた。

「その後、権兵衛は遠くの村の農家の庭先に落ちてしまい、そこで働くことになります。
 しばらくして、権兵衛が粟を刈る作業に従事していると、とてつもなく大きな粟を畑で見つけます。権兵衛はさっそくその粟を刈り取ろうとするんですが、粟がものすごい勢いで跳ね返り、その反動で権兵衛は遠くへ飛ばされてしまい、今度は傘屋の前に落ちます」

「次は傘屋ですか?」
 私が言った。
「ええ、そうなんです」
 准教授が答えた。
 
「そこで前と同じように、落ちた傘屋で権兵衛は働くのですが、傘を干す仕事をしているとそこに突風が吹きます。傘を飛ばされまいと権兵衛は傘を掴むのですが、傘と一緒に彼自身も空に舞い上がってしまいます」

「そして今度は五重の塔の一番上の屋根へ降り立ちます。そこから地面に降りる方法が見つからず権兵衛が困っていると、寺の坊主達が布団を持ち出して来て四隅を持って広げ、そこに飛び降りるよう権兵衛に言います。
 権兵衛は飛び降り、うまく布団の上に落ちるのですが、その勢いが強すぎたため、布団を持っていた坊主たちは互いに引っ張られ、頭をぶつけてしまい、そこから火花が出て、その火が塔に燃え移り、塔も寺も全て焼け落ちてしまいました」

「はあ?それで終わりですか?」
 准教授が語り終えたようなので、私が聞いた。
「ええ、これで終わりです。すこし、不思議な話ですよね?」
 私はうなずいた。

「まあ、民話は整合性が取れない話が多いのですが、しかし私はこの話の中に、史実が隠されているのではないのか、と考えているのです」
 准教授が身を乗り出して言った。

「と、いいますと?」
「実際にこの地に鴨とり権兵衛のような男が、つまり空を飛ぶ研究をしていた者がいたのではないか、と思うのです」

 私は驚いて准教授を見た。
「それはまた……」
「突拍子もない考えだとお思いですか?」

「えっ?いや、それは……」
 私は返事に困った。
「いいんです、そう思われるのは普通だと思います」
 准教授が言った。

「しかし、これはただの思いつきではありません」
 声に力が入っている。
「考えてみてください。この鴨とり権兵衛の話は、題名になっている鴨、つまり鳥を使って空を飛ぶのは最初の一回だけ。しかも権兵衛はそれで落ちてしまいます。
 次に巨大な粟に飛ばされ、また落ちます。
 しかし、最後の傘での飛行は五重の塔の屋根に着地します。落ちていない」

「それが?」
「つまり、傘を使った飛行には成功している、と取れるのです。実際、人が空を飛ぼうとした場合、最初は鳥の真似をしました。また、投石器のようなものを作り、石の代わりに人を飛ばそうとしたこともあります。けれどもどちらも失敗し、飛行を試みた人物はひどい怪我を負っています」
「まあ、そうでしょうな」

「安全な飛行に最初に成功したのはグライダーです。今もハンググライダーとして、使われてますが見たことありますよね。あの姿は傘に似ていませんか?」
「言われてみれば」
 私は同意した。

「つまり、鴨とり権兵衛の話は昔、空を飛ぶ試みをした者の失敗と成功を語っていると思われるのです」
「なるほど」
 私はうなずいた。

「その仮説を元に、鴨とり権兵衛の話の発祥の地と目されるこの村で、もっとも古い旧家であるあなたのところに残されている古文書を調査させていただいたわけなんです」
「なるほど、そういう訳ですか。で、何か実りはありましたか?」
 私は准教授に聞いた。

「はい、この上なく満足できる結果となりました」
 准教授が満面の笑みを浮かべた。
「蔵に残された古文書から、鴨とり権兵衛の秘密がほぼ解明されたと思います」

「ほう、そうなんですか。よろしかったら、簡単に説明願えますか?」
 私は彼に頼んだ。
「ええ、もちろん、そのつもりで伺ったのです」
 そう言って、准教授はカバンからノートを取り出した。

「まず、なぜ鴨とり権兵衛と言われているかなんですが、実際に香取権兵衛某という人物がおりまして、彼は飛行方法を研究する目的で、種々の鳥を捕獲、育成していたようです。もちろん、その中に鴨もいたでしょうが、単純に香取から鴨とり、に変化したのだろうと思います」

「なるほど、香取から鴨とりですか」
 私は言った。

「香取権兵衛は、鳥の翼を真似たものを作成し、飛行を試みたようですが、失敗。大怪我を負ったようです」
「えっ、それじゃあ」
 

「そこで別の香取権兵衛が後を引き継ぎます。どうやら香取家の歴代の当主は香取権兵衛を名乗っていたようで、次の権兵衛は先代の失敗を受け、投石器による飛行を試みました」
「ああ、別の権兵衛ですか」

「次の権兵衛はアワカリ山に投石器もどきを設置し、実験したようですが、やはりこれも失敗。彼は亡くなったようです」
「アワカリ山?そんな所ありましたかねえ?」

「アワカリ山は今の灯り山のことだと思われます」
「ああ、灯り山。この裏の山のことですね。昔はアワカリ山と呼ばれてたのか」
「そのため、普通の感覚なら、人間を飛ばすほどの弾力を持っている植物といえば竹でしょうが、物語の中では大きな粟を刈って権兵衛が飛んで行くという風になったのでしょう」

 准教授は一息入れて、お茶を飲んだ後、また語り出した。
「そして、物語の最後に登場する権兵衛ですが、彼は大きくて丈夫な傘をこしらえ、しかもそれに頼って飛ぶには風が重要であることを見出していたようです。幾度かの飛行実験と、器具の改良、種々の地形での風向きや強さを観測し、ついに五重の塔の屋根に降り立つことに成功しました。これは素晴らしい業績です。ひょっとしたら世界で初めて空を飛んだのは日本人かも知れないんですよ。こんなすごいことはない!」

 准教授はかなり興奮していた。
 私は彼に質問した。
「三人の権兵衛がいて、最後には傘で空を飛ぶのに成功した、というのは分かりますが、なぜ、そんなにしてまで空を飛ぼうとしたんでしょう。後、わざわざ五重の塔の屋根に降りたんでしょうか?」

「それも書いてありました」
 エガワ教授が言った。
「その当時の領主が、ハシゴもロープも使わずに五重の塔の最上階の屋根に行けた者に、領地を与えると約束したらしいのです。その時香取家はだいぶ落ちぶれていた。そこで権兵衛は、一家のためにその難問に挑戦したということです」

「ただその後、当の寺が、たぶん偶然だと思うのですが火事になって跡形もなく焼けてしまったようなんです。そして、火事は五重の塔の屋根に権兵衛が飛んで降りたことが原因で仏が怒り、仏罰が当たったためだ、という噂が広まります。そのため、権兵衛の功績は正しく伝えられず、昔話の中に紛れてしまったのでしょう」

 エガワ准教授が話を終えた。
「なるほど、よく分かりましたが、うちの蔵に当時の書付が残っていて、そのことを伝えていたのですか?」
 私が聞いた。
「いえ、流石に当時のものは見つかりませんでしたが、昔の人に聞いた話として、その百年後位後に、このことが書かれていました」

「では、香取権兵衛が空を飛んだ直接的な証拠にはならないのではありませんか?」
 私はたずねた。
「ええ、あくまでそういう伝承があるということに留まりますが、それでもかなり信ぴょう性のある話だと考えられます」

「そうですか」
 私はうなずいた。

 これは村おこしの材料に十分なるな、と私は確信した。
 村長の喜ぶ顔が見えるようだ。日本初飛行の村、鴨とり権兵衛のふるさと、というキャッチフレーズがいいかな。
 
 祖父の言い伝えによれば、あるご先祖様は大層空想好きで、古文書の偽造なんかもやらかしていると聞いているが、あえて准教授に語る必要はあるまい。それも伝承の一つなのだから。


終わり

 
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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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