奇跡の味
「駄目だ、違う」
小皿に取り分けられた中身を一口食べたアイザワが言った。
「うん、違うね」
同じように口に含んだイセちゃんも彼に相槌を打った。
私も汁をすすった瞬間、同じ意見を持ったが、こんなに違うものかと驚いてもいた。
「ウエノ君がこの前入れた材料って、本当にこれで合ってるの?」
イセちゃんが目の前に鎮座している土鍋の中の肉を指差した。
「ああ、間違いない。やつは確かに前の時、この食用蛙の足を入れたって言ってたよ」
先週のこと、イセちゃん、アイザワ、ウエノ君、私の4人は、アイザワのアパートで闇鍋を決行した。
具材はちゃんと食べられるものが条件だが、アレルギー持ちはいなかったので、禁止品目はなし。一人何品でも可。
全員が薄暗がりの中、持ち寄った具材を入れた後、胸に期待と不安を抱きながら、みんな鍋を見つめた。
鍋に箸を入れ、一度掴んだものは必ず口にするのが決まりなので、自分自身が持ってきたものを食べる可能性もあるから、下手なものは投入できない。
かと言ってありきたりのものでは闇鍋の趣旨にそぐわない。どんな具材をチョイスするのかセンスが問われる行事だ。
じゃんけんで食べる順番を決め、「なんだこれ~」とか、「こわい~」とか、ぎゃあぎゃあ騒ぎながら、みんな怪しげなものを口にした。
私ももちろん何かの塊を掴み、口に入れたが、意外なことにまずくはなかった。いや、どちらかと言うと美味しかったのだ。と言うか、今まで口にしたことのない極上の味に仕上がっていた。
どうやらみんなもそうだったらしく、灯りを付け、具材が見えた後でも黙々と鍋を食べ続け、結局、締めにうどんまで入れて平らげてしまった。
意外な展開。
そして今週、あの鍋の味が忘れられないということで、今度は闇ではなく、明るい中で作って食べようということになったのだが。
今回はウエノ君は都合がつかないということで、入れた具材だけを教えてもらった。その具材、食用蛙の足をちゃんと入れたのにもかかわらず、鍋の味は先週食べたものと違っていたのだ。美味しいことは美味しいけど、あの時の得も言われぬ味ではなかった。
「本当にウエノはこいつだけ入れたのかなあ。なんか隠してたりして」
アイザワが言った。
「あ~、そうかも。ウエノ君、自分が来れないもんだから、何かとっておきの具材は秘密にしたんじゃない」
イセちゃんが同意した。
私はそれを聞き直ぐに反論した。
「いやいや、ウエノ君はそんなことしないよ」
そして言った。
「今回の鍋の味が違ってるのは多分私のせいだと思う。ごめん」
私の言葉に二人は意外な顔をする。
「いや、実はね。私が今回持ってきたもの、先週のとは微妙に違うんだ」
私は説明した。
「そのギョーザが私が持ってきたものなんだけど、中身の餡は全部、食材の捨てる部分、ダイコンやニンジンの皮だとか、干からびたベーコンとかカピカピになったチーズとか使ったのね。で、普段は捨てるものを餡にするというコンセプトは同じなんだけど、先週使ったものとは中身は微妙に違ってるのよ」
「ああ、そうなの」
「そうなんだ」
二人は納得したようだ。良かった。これでウエノ君の冤罪が晴れる。
「味にはっきりと違いが出ると分かったから、次はちゃんとあの時と同じゴミギョーザを用意するから、勘弁して」
「うん、分かった」
二人は分かってくれた。
同時に、また来週、みんなで鍋を囲む約束をした。次はウエノ君は来てくれるかなあ。
そして待ちに待った翌週。今度はイセちゃんが都合が悪く欠席。彼女が闇鍋に入れた具材、イナゴの佃煮は私が預かった。
鍋が出来上がり、三人で味見をする。
あれ?やっぱり違う。何かが足りない。何で?おかしいよ?
告白するけど、前回鍋に入れたゴミギョーザの中身、大根と人参の皮、干からびベーコン、カピカピチーズというレシピは、実は闇鍋の時と全く一緒だったのだ。
では何が違ったのかといえば、闇鍋の時には餡に私の血液と体液を混ぜ込んでいた。ウエノ君に食べてもらいたくてね。
前回ははじめからウエノ君は来ないことが分かっていたから、普通のゴミギョーザにした。そしたら、あんな風に味が微妙に違った。なので、今回はウエノ君も来るから、ちゃんと闇鍋の時と同じものを作って入れたのに。
一体、闇鍋の時と何が違ってるんだろう?
違いといえばイセちゃんがいないことだが。
私はある考えに至り、はっとしてウエノ君を見た。
ウエノ君も私と同じことを考えていたとしたら?
イセちゃんに自分の血液やら体液やらを食べさせたくて闇鍋に混ぜ、今回はイセちゃんはいないのでそれをやめてたとしたら?
私は気持ち悪くなり、席をたつとトイレに駆け込んだ。
もう鍋はしたくない。
終わり
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
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