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幸運




「へ~、知らなかった。君ってそんなに縁起をかつぐんだ」

 交際して三ヶ月、素敵な女性であるハトさんに俺は言った。

 今日は楽しいデート。バーでお酒を飲んで他愛ない話をしていたとき、何の拍子か運の善し悪しが話題になった。
 俺はそういうことはあまり信じるほうじゃないけど。しかし彼女はそういうことを固く信じているという。ぱっと見、そんな印象の人ではなかったので、意外に思って出た言葉だった。

「ええ、以前は私もそんなこと全然気にしなかったんだけど、家族が死んでから色々考えるようになって……」
 微笑みを崩さず、ハトさんは驚きの言葉を口にした。

「えっ?家族って?あっ、聞いてよかったのかな?」
 俺はうろたえ、そう言った。
 考えてみれば彼女が身内の話をするのははじめてだ。今まで特に避けていたわけではないのだろうが、聞いたことはなかった。

「大丈夫。もう平気だから」
 そう言うとハトさんは少し寂しげに笑った。そしてそれから自分の過去を語りだした。

「実は私、家族みんなを災害で失ってるの。5年前」
「5年前?と言うと、あの……」
 俺は恐る恐る聞いた。

「そう。両親と妹、おばあちゃん、一遍に亡くなってしまったの。ちょうど私だけ実家にはいなくて、それで助かったんだけど……」
 ここで彼女は言葉を切り、俺の方を見る。
 
 俺は真剣な目をして彼女を見つめた。どうやら自責の念があるらしい。大災害で生き残った人がよく陥る心理状況だ。
 俺は何か言葉をかけようかと思った瞬間、彼女の方がしゃべり出した。

「しばらくはもう茫然自失で何一つ手につかなかったわ」
「そりゃそうだ。それが当たり前だよ」
 俺はありきたりな、なぐさめの言葉を口にした。

「ずーっとボーっとしていて、ときどき思い出した様に泣いて、一緒に死ねばよかったなんて、馬鹿なことも考えたわ」
「それも仕方がないよ。でも、馬鹿な考えで終わってよかったね」
 俺は心底同情して言った。

「それからね、とても怖くなったの。何もかも。だって、あの災害で死んだ人たちは、誰一人、きっと悪いことなんてしていなかった。少なくとも、私たちの家族はいきなり死ななくちゃいけないようなことはしてなかったはずなのに……。でも死んだ。人は善悪なんか関係なく突然、理不尽に命を奪われてしまうことがあるんだって、痛切に感じたの」

 彼女は床を見つめ、言葉を切った。
 俺は掛ける言葉がなく、黙っていた。

「私は家族の中で一人生き残った。私と死んでしまった両親や妹、おばあちゃん、その違いは何だったのか。なぜ私だけが助かったのか、しばらく考えた。そして結論に達した。私はただちょっと運が良かっただけなんだって」

「確かにそうとも言えるね」
 俺は言った。
「毎日、誰かが事故や事件に巻き込まれ、怪我したり死んでいったりする。それはその人の行動が原因のこともあるだろうけど、大半はただ運がなかったと言えるだろうね」

 俺の言葉を聞き、彼女はニッコリと笑った。
「でしょう。私は今はそれを本当に心の底から思ってるの。人には運がとても大切なんだと」
「なるほど。それで縁起を担ぐと」
 俺は彼女に言った。

「ええ、まあ、さっきは縁起をよく担ぐとあなたに言ったけど、実はそれとはちょっと違うかな。私の場合は」
「へ~、どんなふうに違うの?」
 俺は興味を持って聞いた。

「私は行動の基準を運が向くかどうかで決めてるの。私がこれはきっと運が向くと信じたことを率先してやるように心掛けていて……」
「へ~、たとえば?」

「たとえば?えっと、まず、毎日部屋の掃除をしているかな。後、なるべく食べ物は残さないように、大根の葉っぱとかほうれん草の根とか、使い切るようにするとか。まあ、そんな感じのこと」
 彼女はやや恥ずかしそうに言った。
 それで俺は色々思い当たった。

「えっとそれじゃあ、街角での募金にいつも応じてるのとか、よくお年寄りに席譲っているのは」
「ええ、実はそうなの。あなたはすごく感心してくれたけれど、私は別に心が優しいのではなくて、そうすれば自分に運が向いてくるような気がするからそうしてるの。まったく自分のためなのよ。呆れたでしょう」

「とんでもない」
 俺はすぐに否定した。俺も偽善者ぶって募金したり席を譲ったりしたことはある。俺は多分そんな自分を自分で褒めたいためにやっているのだろうから、俺よりも彼女の動機のほうが純粋ではないだろうか。

「じゃあ、いつもそんなふうにきちっとした姿なのは」
「着崩れた格好では運が向かない気がするの」
「今もそうだけど、背筋をぴんと伸ばした姿勢も前からじゃなかったんだ」
「ええ、運が大事だと思えてから、気をつけるようにしたの。背中を丸めては運が付かない気がして」

 
 そうか、彼女の魅力的な立ち振舞はそういう背景で出来上がったものなのか。
 デートの帰り、彼女を部屋まで送った後、俺は考えた。

「これは私一人の本当に何も根拠がない思い込みで、人に強制する気はさらさらないし、何かついてないことが起こった人は運を逃す生活をしていたなどと思ってないわ。
 けれど、こんな非科学的なことを信奉している女は気味が悪い、と思われても仕方ないとも思っているの。もしそうなら、正直に言って下さい。とても残念ですけど、その時は二人のことはなかったことにして貰ってけっこうですから」

 最後に彼女が言った言葉だ。
 俺は別に気味が悪いとは思わない。非科学的だろうが科学的だろうが、自分の考えを人に押し付けないなら何でも良いだろうとも思ってる。

 しかし、交際して三ヶ月、いまだ手も握らせてもらってない。たぶん、彼女の中ではその行為はまだ早い、運が逃げる振る舞いなんだろう。
 彼女と最後まで行くには、最低婚約指輪か下手したら結婚式場を通らないと無理そうだ。まだそこまで俺には踏み切れない。

 あんな、美人で気立てが良くて頭も良くて、そんな女性と交際できるようになって、すごい幸運だと思ったのだが、明日、別れを告げよう。

 その選択が俺に運を呼びますように。


終わり 

最後までお読みくださり、ありがとうございました。
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テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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