ロボット掃除機
「出来た!」
俺は一人快哉を上げた。
ついに念願のロボット掃除機のハッキングに成功したのだ。
これで、メイド型ロボット掃除機のタブー、生物への接触が可能となるはず。
「よし、よし。今から命令を打ち込んで、あそこをやさしく念入りに掃除出来るようにしてやるからな」
俺は今は裸に剥かれ、背中のハッチを開け放されているメイド型ロボットに言った。
ロボットが実用化されるとすぐに、人型、特に人間そっくりのドール型と名付けられたタイプは、人体への奉仕が厳しく制限された。
一部には、性的な目的で制作された機体もあったが、世論の後押しもあり、その所持には煩雑な許可と審査が必要で、実物を見かけることはほとんどない。
それにもかかわらず、接客用や家事手伝いが目的のものはやはり見栄えがいいという理由で、若い女性の姿のロボットが大半を占めている。
今、目の前にいるのもそのタイプで、掃除のみに特化されているにも関わらず姿は少女そのもので、専用のメイド服が付いていた。
そのため、そういう趣味があるなら着せ替えも出来るようになっている。
俺はドール型として一番安価であり、掃除のみに特化していることに目をつけ、この機種をハッキングすることにしたのだ。
プログラムの改変が終わり、いよいよ彼女を動かしてみる。
俺はメイド服を着せると彼女を再起動させた。
しばらくするとまぶたが上がり、すこしキョロキョロした後、俺の顔を見ると彼女が言った。
「御用でしょうか、ご主人様。どこを掃除いたしますか?」
俺はここぞとばかりベッドに横になると、指差して言った。
「ここを優しく丁寧に掃除してくれ」
プログラミングが失敗しているならこの命令には反応しない。しつこく頼んだ場合は、”申し訳ございませんが、わたくしにはそのような機能が搭載されておりません。他のロボットにご命令いただくようお願い致します”と答える。
さて、どうなるか?
彼女は俺の命令を認識するとしばし戸惑ったように動かなかったが、やがて”はい、わかりました”と言って近づいてきた。成功のようだ。
「この作業の過去の記録は見当たりません。あらかじめ内蔵されたデータにもとづき行動してもよろしいですか?」
あらかじめ内蔵されたデータというのは、もちろん俺が打ち込んだものだ。
「うむ、だがゆっくりだ。細かい点は俺がやり方を教えるから、逐一修正して行くように」
俺はそう答えた。
「はい、ゆっくりと行います」
ことさら可愛らしい声で返事したように感じたのは気のせいだろうか。今までけして彼女から触れることがなかった彼女の指。それが俺の肌をなでた。
「うほほ~っ、そう……。そう、上手いぞ……。あっ、痛!そこはもっと加減して。敏感なところなんだから」
俺は事細かに彼女を指導した。彼女の物覚えは優秀で、的確に俺の要求に答えてくれる。
「よし、はじめてにしては上手だったよ」
しばらくして俺は満足して彼女に言った。
「ありがとうございます」
彼女が礼を言う。
「だが、熟練の技にはまだまだ遠い。そうだな、午後にでもまたやってもらうから、そのつもりで」
「分かりました。午後にまたこの作業を行います。それではほかにご命令はございませんか?」
こうして何日かを経て、その後友人に頼んで彼女を試してもらった。彼女に人それぞれ形や大きさ、それに感じ方も違うことを理解させるためだ。試験は滞りなく進んで、彼女の技術はほぼ完璧となった。
もういいだろう。
俺はメイド型ロボット掃除機をハッキングする方法と、彼女が蓄積した作業データをネットに放出した。
もちろん、足が付かない方法でだ。
データは最初は闇サイトでひっそりと広まったが、やがて爆発的に普及した。
ロボットの販売業者もやがて気付き、ハッキングできない新しいタイプを出したが、時は既に遅し。ハッキング可能なタイプは世界中で購入され、俺が流したデータが入れられた。狙い通りだ。
やがて、この計画の発案者であり、俺の出資者でもある男が俺を訪ねてきた。
「どうです?ご満足いただけましたか?」
俺は男に言った。
「いや、それが……」
男は言いよどんだ。
「えっ?なにか不満なんですか?思い描いた通り、世界中で爆発的に売れたでしょう?あなたの会社で作ってる耳かき。それじゃないと、あのロボット掃除機は耳掃除しないようになってますから」
「うん、それはその通りなんだが」
男が言った。
「やり過ぎだったんだよ、君のデータ。みんな気持ちよすぎて、しょっちゅう耳掃除をロボットにしてもらことになって、いくらうちの自慢の製品でも過度の使用には耳の皮膚が耐えられなくなって、今、世界中の耳鼻科は大忙しなんだそうだ。それを受けて、我社の耳かきのボイコット、果ては製造中止命令まで発展する勢いでね。
身から出た錆とはいえ、困ったよ」
男は深い溜息をついた。
終わり
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
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