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病は菌から レプトスピラ感染記 あるいはワイル病の憂鬱?(5)




転院  救急車に揺られて


 転院当日、私は倦怠感がひどく、その他の症状も変わりなく、特に感慨はありませんでしたが、救急車で連れて行かれることにはほっとしていました。大学病院に行くのに普通の車でとか、電車を使ってとかでは耐えられる自信がなかったからです。
 
 朝早くからお迎えの救命士さん達が来て、廊下に用意されたストレッチャーに横になりました。そこで縛られて、エレベーターで階下へ。そこから救急車にそのままストレッチャーごと入りました。

 側に救命士のお兄さんと足元に女房が付いています。ここで何か救命士のお兄さんに尋ねられた気もするんですが、記憶が抜けている。この時は目も開けるのも億劫で、ただじっと横たわっていました。
 
 しばらくして車が発進し、そしておなじみのあのサイレンが聞こえて来ました。まあ、これがずうと聞こえっぱななんですけどね。救急車は乗り心地が悪いと人から聞いていましたが、想像してたよりずっとましでした。但し、この時の体調、特に脳は本当ではなかったので、あまり信じないほうが良いと思いますが。

 目的地の大学病院までは約一時間掛かったようです。
 サイレンが止まり、車がゆっくりとカーブしたかと思うと、間もなく停車しました。

 救命士のお兄さん方が車からストレッチャーごと私を降ろし、そのまま病院のエレベーターに。
 随分と乗ってるなあと思ったらやっと止まり(後からそこは16階だと気づきました)、私の新しい病室に到着しました。

 "だいじょぶですか?”的なことを聞かれながら、自力で新しい病室のベッドへ。
 見ると、何とそこは個室でした。

”えっ、お高いんでは?”と考えたんですが、後から聞くと、そこは重症患者専門の個室らしく、料金は変わらないようです。

 でもこの時点では自分が重症患者扱いされていることは知りませんでした。なので、その後、ふらふらで廊下に出て、先生に部屋に戻るよう言われるんですが。
 そして数日経ってから、廊下に出ていいよ、と許可をもらえたことで、自分が個室に閉じこもっていなければならない程、重い症状と見なされていたことを知りました。


 転院して、主治医となった先生はとても自信ありげで、私の病気は”ワイル病でしょう”と断定しました。さらに、”大丈夫、治りますから”と。

 いや、私も治らないなどとは露ほども思っていなかったんですが、なかなか頼もしい先生です。さすが大学病院の先生だ、と感心しました。(ただし、この後、会うごとに”大丈夫、治りますから”と繰り返すので、逆にすこし不安になったことは内緒です)

 個室ということもあって、これで誰に気兼ねすることも無くなり、夜に心置きなく吐いたり、何度もトイレに行くことが出来たので、かなり精神的にストレスが無くなった気がしました。

 そのせいもあるのか、治療が功を奏したのか、ただ時が経ったからなのか、転院して3日め、ついに気持ち悪さが無くなりました。同時に、頭痛もかなり和らいで来ました。変な映像を見ることも無くなりました。
 
 そのことを看護師さんに伝えると、なんと、何か飲むか?と聞いてきました。
 同じ階に自動販売機があり、そこから買ってきてくれるとのこと。(その時はまだ、部屋から出る許可がおりていなかった)

 看護師さんてなんて親切なんだろうと思いました。
 このとき、絶食して10日目。悪いとは思ったんですが、自分自身、ちゃんと飲み喰いできるのか確かめたかったのもあって、ジュースを、直感に従って、りんごジュースとグレープフルーツジュースを頼みました。

 看護師さんは厭な顔もせず買ってきてくれました。
 私はお礼を言い、さっそく2つのジュースを口にしてみると……。

 何と不思議なことなのか、りんごジュースはこの世のものと思えないほどおいしく、うま~っ!だったのですが、グレープフルーツジュースは気持ち悪くて飲めませんでした。変な匂いに感じるんです。残念ですが捨てました。

 この一週間後、再びグレープフルーツジュース飲むんですが、その時はもう、普通にグレープフルーツの味だったので、この時はそういう体調だったのでしょう。
 世にグルメ云々、何が美味しいかという話がありますが、健康な人たちのはなしであって、調子が狂ってる人間には縁がないかも、などと思いました。


 気持ちは悪くなくなったが味覚がおかしいままだなあ、ということで、これから食事はどうしようかと考えていると、看護師さんに食事が取れないと点滴は外せない、と言われました。

 入院したその日から、ずっと点滴に繋がれっぱなしです。煩わしい事まちがいなし。さらに、食べられるようにならなければ退院できるわけもない。そこで、薦められるまま、入院から十二日目の朝、ついに病院食を口にすることにしました。

 出されたのは流動食。
 私のようにしばらく食べれなかった患者はいきなり普通のご飯ではなく、最初水っぽいものからだんだん硬くしていき、普通の硬さが食べられるようになったら、今度は量を増やしていく、というふうに進むらしいのです。

 で、出されたのは噂に聞く悪名高き重湯。それと味噌スープと野菜スープ。
 味噌スープってのは味噌汁の具を抜いたやつでした。野菜スープにも具はなし。
 野菜スープは結構美味しく、味噌スープも飲めましたが、やっぱり噂通り。重湯がひどい。一口すすって気持ち悪くなり、トイレに流してしまいました。

 しかし、体調とは不思議なもので、次の日の昼には重湯が甘く感じるようになり、八割がた飲めるようになりました。そこで次にクラスチェンジ。食事は5分粥に移行。その後も一日間隔で全粥→軟飯→普通のご飯にかわり、順調に回復していきました。


続きます

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テーマ : 雑記
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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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