コンテントヘッダー

マゼカラ




「あ~、おばあちゃん、またそれ食べてる」
 一人テーブルに着いてお茶をしていた私に、孫のミンが近寄ってきた。
「わざわざ取って来たんでしょう?それ。それってそんなに美味しいの?」

 自分がつまんでいたものを指差されて私はにっこりと笑った。
「もちろん。こんなに美味しい物はそうないわよ。あなたも食べてみる?」
 
 私が差し出したのを見て孫はいつものように懸命に首を振った。
「いい、いい!遠慮する!」
 思った通りの反応。私は微笑んだ。
「そう?残念ね。まあ、今の若い人はわざわざ食べないか。ほかに美味しいものがいっぱいあるんでしょうから」

「そうだよ。マゼカラなんて誰も食べないよ」
 私の対面に座ったミンはお茶だけもらった。

「でもね、実はこれはおばあちゃんにとって思い出深い食べ物なのよ。だから今でも時々食べたくなるの」
 私は孫にそう説明した。
「思い出って?」
 ミンが聞いた。

「それはねえ」
 私は昔の話をした。


「お母さん、これ美味しいね」
 初めて私がマゼカラを食べたのは5歳か6歳の時だった。
「そう、良かったわ。なら、いっぱい食べなさい」
 母はそう言うと、私のほうに全部寄越した。

「お母さんはいいの?」
 気遣う私に母はにっこり笑って頷いた。
「ええ、お母さんは食べなくても大丈夫。遠慮しなくていいから、全部食べちゃいなさい」

 私はその言葉に素直に従い、初めての味に夢中になって、それを頬張った。なにこれ!こんなに美味しい食べ物があるなんて!
 全てをきれいに食べつくすと、母が私に言った。
「このことは内緒ね。誰にも言っちゃ駄目。わかった?」

「どうして?」
 私は訳がわからず母に尋ねた。ただ、食べ物を食べただけだ。なぜ秘密にする必要があるのだろう。
母は少し困った顔をしたが、私の質問に邪険にせず答えてくれた。

「食管法と言う法律が有るの」
「ショッカンホー?」
 私は意味がわからずオウム返しをした。

「ええ、食べ物に関する決まり事」
「へ~」
 何にでも決まりってあるんだ。世の中はそういうものなのだろうか?

「その法律で、これを食べては駄目だって決められているのよ」
「え~、そうだったんだ!大丈夫なの?警察に連れて行かれたりしない?」
 私は驚いた。

「そう、警察の人に知られたら、逮捕されて牢屋に入れられてしまうかもしれないわね。だから内緒。分かった?」
 私は頷いた。しかし、まだ完全に納得はできなかった。

「でも、どうしてこれを食べちゃ駄目なの?何で、そう、法律で決まってるの?」
 続けて母に聞いてみた。
 母は答えた。

「それはね。今食べてみて分かったでしょうけど、これはとても美味しかったでしょう。だからなの」
「美味しかったから?」
「そう」
 母が頷いた。

 何で?そう思ったがすぐに答えがひらめいた。
「分かった。美味しくていっぱい取り過ぎちゃったんだ。それで、数が減ってしまって。だからだよね」
 私は的を射た答えを思いつき、喜びではしゃぎながら母に言った。しかし、母は否定した。

「そういうことではないわ」
 えっ?じゃあ、なぜ?
 母は一呼吸置くと説明しだした。

「今はね、人がいっぱいいるの。それでね、食べ物が足りなくなっていて。配給と言ってね、国が食べ物を配っているの」
 そう言えば大人の人が食べ物屋さんでよく並んでる場所がある。あれかな?

「食べ物はとても大事なものなの。残すなんてとんでもない。でも、逆に食べ過ぎても良くない。毎日、必要な量だけを食べる。そうやって過ごしていく。それが今の人間にとって必要なことなのよ。
 だから、つい食べ過ぎてしまいそうな美味しいものは禁止されてるの。食管法で」

 美味しすぎるから!食べ過ぎてしまうから!
 幼い私には今ひとつ納得いかない話だったけれど、理由はわかった。
「でも、あなたにはせめてこれくらいは食べさせてやりたかったから」
 すこし、悲しそうに母が言った。

 あえて法に触れてでも子どもに美味しいものを、と考えてくれた母の気持ちに私は感謝していた。
「私これを食べたことは誰にも絶対言わない!」
 私は母親にきっぱりと宣言した。


「なるほど、これはおばあちゃんにとって、おばあちゃんのお母さんの思い出が詰まった食べ物な訳か。おばあちゃんのお母さんて、素敵な人だったんだね」
 孫が感心したように言った。
 ん~、これは話すべきかしら?

「そう、いい母親だったわよ。でも、考えてみると、その後も何度かこれを私に作ってくれたけど、母は一度も口にはしなかった。
 私の母が子供の頃は食管法何てものがなくて、今のように美味しい食べ物があふれていたから、これを食べる習慣がなかったみたいなの」
「え~っ、じゃあ、自分は今の私みたいに抵抗があって食べられないけど、子どもには作って与えてた、ってこと?おばあちゃんのお母さん」

「確かめる前に死んじゃったからはっきりしないんだけどね。たぶん、そうよ」
「ん~、私もこれを食べる気にはなれないから、おばあちゃんのお母さんの気持もよく分かるなあ。なんか微妙だなあ」
 孫の美しい想像に水をさしてしまったらしい。

「私が子供の頃より人の数は半分に減ったんですもの。今は食べ物は豊富にあって、食糧管理法なんてないから、あなたが無理してこれを食べる必要はないけど……」
 私は人に食べられるのをまぬがれ、無事に残った方の腕を出し、目の前のマゼカラ、クマゼミの唐揚げをつまんで口に入れた。

「ほんと、美味しいのよ、これ」


終わり

最後までお読みくださり、ありがとうございました。
スポンサーサイト

テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

このページのトップへ
このページのトップへ
プロフィール

火消茶腕

Author:火消茶腕
ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
フリーエリア
フリーエリア
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR