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承認欲求



「それで、今日の相談の内容ってなんでしょう?」
 カウンセラー室にて、若い女性が対面に座っている青年に聞いた。

 青年はそれまでは出されたコーヒーの黒い水面を見つめていたが、意を決して顔を上げ、悩みを口に出した。

「実は、自分はちょっと異常なんじゃないかと心配になってまして」
「自分が異常かも知れないと心配しているんですね?では、具体的に自分のどういったことが異常だと考えてらっしゃるんですか?」

 カウンセラーは教本通り、相手の言葉を反復して、さらに具体的な答えを引き出すように質問した。

「実は僕、ボランティア活動をしてるんですが」
「ボランティア活動?はい」
「それにのめり込み過ぎなのかな、と」
 青年が不安げにこぼした。

「のめり込み過ぎ?というと、かなり熱心に活動してらっしゃる?」
「はい。実は毎日活動に従事してるんです」
「毎日ですか?一日もかかさず?土日もですか?」

「ええ、むしろ土日の方が色々なボランティアを募集していることが多いので、忙しいくらいですね」
「色々なボランティアというと、あなたが行っているボランティア活動は一つではないんですか?」

「はい、今は4つのグループに所属して活動しています」
「4つ?よろしければどんなことをしてらっしゃるのか教えていただけますか?」
「え~と、まず環境ボランティアとして、河川敷のゴミ拾い。地域ボランティアとして老人ホームへの訪問。動物ボランティアとして、捨て犬、捨て猫の収容施設の手伝い。あと、子供教育ボランティアとしてシングルマザーの子どもたちに無償で家庭教師をしています」

「なるほど。色々活動してらっしゃるんですね」カンセラーが言った。「確かに少し多いかもしれませんね。最初から複数のボランティアグループに入ったんですか?」

 青年はかぶりを振った。
「いえ、最初はこの前の災害の被災者の支援ボランティアに参加したんです。そこで初めてボランティアの素晴らしさを知りました。みんながありがとうとお礼を言ってくれて、方々から必要とされて。本当に今までに経験したことのない素晴らしい体験でした」

「それは良かったですね」
 カンセラーが相槌を打った。
「でも、それもやがて終わりになりました。復興が進んで、ボランティアを必要としなくなったんです。それはいいことなんです。被災者にとって。でも、どこか喜べない、正直に言うとがっかりした自分がいました。その時は、やっと仲良くなれた人たちと別れなければならないからだろうと思ったんですが」

「実際その通りだったんではないですか?長く、被災地で活動してらしたんでしょう?愛着が湧いて当然ですよ」
「はあ、そうでしょうか?でもそれから、自分でも不思議なことにボランティアという単語にとても敏感になりました。それで方々のグループを訪ねるようになって、現在に至るわけなんですが」

 ここで青年は言葉を切った。それから顔を伏せ、つぶやくように言った。
「考えてみると、僕は誰かの役に立ちたい、と思ってボランティア活動に専念しているわけではないような気がするんです」
「と言うと?」
「つまり僕は自分の居場所を見つけたくて、誰かに認められたくてボランティアをやっているんじゃないかと。ボランティア活動をしているとだれでも僕に感謝してくれる。仲間もすぐできる。本当は別に困っている人の役に立たないことであっても、そんな気持ちが満たされるならどんな活動でもいいんじゃないかって。僕はそんな場所に対する依存症になってるんじゃないでしょうか?」

「なるほど、分かりました」カンセラーが言った。「あなたの気持は良く分かります。しかし、心配しないで下さい。そんなふうに思うことは実は誰にでもあることなのです」

「本当ですか?」
 青年がやや驚いて言った。
「そうです。むしろそんなふうに自分の気持に疑問を持たないほうが異常なことなんですよ。人はうまくいってると却って不安になるもので、自分の正直な気持ちでさえ疑ってしまうことはよくあることなんです。でもその不安にはまったく根拠がないわけですから、気にせずボランティア活動を続けるべきでしょう」

「そうか~、そうなんですか。じゃ、いまのままで」
「いいんです」
 カンセラーが笑ってうなずく。

「お話出来て良かったです。今日はありがとうございました」青年が席を立った。「噂ではここのカウンセラーは中年男性だと聞いていたんですが、こんな若くてきれいな人だったならもっと早く来るんでした」
 そう言ってドアに向かうと、カウンセラーが言った。

「ええ、普段は別の担当の者がここに詰めているんですが、今日は私はボランティアでここにいるんです」
 青年の足がピタリと止まる。
「大丈夫ですよ、私もちゃんと資格は持ってますから。大丈夫、大丈夫ですって……」

終わり


 検閲官がそのショートショートを指さして言った。
「いかん、これはいかん。兵士に見せるべきものじゃない。この部分は切り取るように」
「これですか?」
 雑誌を受け取り、話しを読んで部下が言った。
「別にそんなに気にする必要がありますでしょうか」

「まあ、徴兵された者だけならな、何の問題もないが」
「ああ」
「志願兵に見せるのはまずい。志願兵は英語で言うと」
「ボランティア」

本当の終わり
 

テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

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Author:火消茶腕
ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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