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コンテントヘッダー

お遊び小説 愛と憎しみのマンハッタン


 アメリカはニューヨークシティ。場末の酒場。午後五時。
 開店の札が下がるとともに初老の男が店に入って来た。

 男は慣れた様子でカウンターに近づくとそこの席に座り、バーテンダーを見た。
「いつものやつをくれ」

 言われたバーテンダーはまだ若い、青年とも言っていい男で、客のほうを向くと微笑んだ。
「マンハッタンですね?」
「ああ」と、初老の男は面倒くさそうにうなずく。

「ジム ビーム ライ ベースでよろしいでしょうか?」
さらに尋ねるバーテンダーに「ああ、いつもの通りだ」と、男はやや怒気を含んで応えた。

「かしこまりました。少々お待ちください」
 軽くうなずくとバーテンダーはカウンターを背にし、カクテルの準備に取り掛かり始めた。

 客は男以外誰も居ない。店内にはいつもの通り古いジャズが静かに流れている。
 男は目の前でミキシング・グラスをステアしているバーテンを見るともなしにながめた。

 彼はこの店の古くからの常連で、週に一度は必ずここに寄っている。
 開店後すぐにカウンター席に座り、マンハッタンを注文し、それを二杯ゆっくりと飲んで静かに店を出て行く。この至福の習慣が彼の人生の重要な一部となっていた。

 そんなふうに彼にとって居心地が良かった店も、三ヶ月前にバーテンダーが変わってから微妙になった。
 この眼の前にいる若者がここで酒を給仕するようになってから、男はすでに十回以上も店を訪れ、必ずマンハッタンを注文している。にもかかわらず、この新しいバーテンダーには「いつもの」という言葉が通じず、必ず彼に注文の内容を確かめるのだった。前のバーテンダーは三回目には「いつもの」で通用したのだが。

 一体、何回ここに通い、同じ酒を注文したら、俺が座ったらジム ビーム ライ ベースのマンハッタンを出すように、この馬鹿な若造に教え込めるのだろう。

 男はそんな忌々しい思いをしながら、自分が注文した酒ができるのを待っていた。

「お待たせしました」
 目の前のカウンターに琥珀色の液体に満たされたカクテルグラスが差し出された。

 男はそれを取ろうとして、たちまち固まった。マンハッタンにあるべきもの、あの赤いマラスキーノ・チェリーが飾られてなかったのだ。代わりにそこには薄切りのマッシュルームが浮かんでいる。

「なんだこれは?!」男はバーテンダーに向かって怒鳴った。「俺はマンハッタンを頼んだんだ。これはそうじゃない、これは……」
 男のグラスを持つ手が震えた。
「貴様俺を侮辱するつもりか?!」

 すごい剣幕で詰め寄る男に対しバーテンダーはニヤニヤ笑った。

「いいだろう、そっちのほうがあんたにはお似合いさ」
 とても客に対するとは思えない言葉遣いだった。
「なに?どういうことだ!」
 男はさらに怒りを増して言った。

「本国から追われてきた腰抜けのジャップが、生意気にもここマンハッタンで同じ名前の酒を愛でている図はいただけないってことだよ。あんたにはそのマッシュルームが浮かんだマンハッタン計画がお似合いさ。なあに、味はそんなに変わんないんだ。負け犬のジャップらしく、それをありがたく飲んでな!」

 突然バーテンダーに罵倒されたことに男は驚いたが、それよりも日本を抜け出してきた自分の過去をなぜこいつが知っているのか?という疑問が頭に湧いた。

「誰から聞いた?俺が日本人だとどうしてわかった?」
 相手を睨みつけ問い質すとバーテンダーは更に強い視線を向けた。

「サラ。サラ・ジーンから聞いた」
「サラ?」
 男はその名前を聞き呆然とした。

「まさか?」
「サラは俺の母さんだ」
「じゃ、じゃあ、おまえは」

 髪は栗色だが明らかに東洋系の顔付き。しかも、この若いバーテンダーには昔愛した女の面影がある。

 黙りこむ二人。開店したばかりの場末の酒場、そこには今愛と憎しみが渦巻いていた。


終わり

某ブログでこの魅惑的な題名を目にしまして、するすると頭に浮かんだ物語を書いてしまいました。お遊びですので、ショートショートではないです。ちなみにマンハッタン計画については知らない方はまあちょっと調べてみてください。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。
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Author:火消茶腕
ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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