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涙のリクエスト



「……ということだったのです。おしまい」

 男が物語を読み終わり、少女の顔を見た。驚いたような顔をしていたが、涙はこぼれていない。

”やはりだめか”
 男は心の中でつぶやいた。

「いいお話でした。女の人が亡くなった最愛の彼を探す場面が、特にじ~んと来ました」
 相手をいたわるように今聞いた話を少女が褒めたが、それが彼を余計惨めにした。

「いや、まだまだ、全然駄目だよ。それが証拠に君は泣いてない」
 男は少女が座っている当たりの床を指差した。なぜそんなことをするかといえば、もし少女が悲しみに涙をこぼしたなら、床に真珠が転がっているはずだからである。

 少女の名はメーギー。訳あって人間に預けられた人魚だった。彼女ら人魚たちが流す涙はこぼれ落ちるとすぐに真珠に変わる。
 そこに目をつけた人魚を預かった人物は、メーギーを泣かして真珠を獲得しようと思い立ったのだ。

「ごめんなさい。涙が出るよう頑張ったんだけど」
 メーギーが話を聞かせてくれた男に謝った。
「いやいや、君は悪くない。君が謝ることなんかちっともないんだよ」
 男は大慌てで人魚の少女に言った。

 男の名はアイレー。売れない物書きだった。体を壊し、借金で首が回らなくなり、高額の報酬につられて、この仕事についた。人魚を泣かすこの仕事に。
 そこで雇われた際に言われたのは、くれぐれもメーギーに苦痛を与えないように、ということだった。
 
 何でもあるところのろうそく屋に預けられた人魚はいじめられ、そのため村ごとろうそく屋は海の波にさらわれてしまったらしい。メーギーが自分がいじめられたと感じたら、この街も波に襲われ、流されてしまう可能性は否定できなかった。

 そういったわけで、アイレーは自分の知っている悲しい物語をメーギーに聞かせ、うまく涙を誘うことで賃金を得ていたのである。
 
 メーギーはお話しを聞くのが好きで、しかも涙もろい。彼女自身、悲しい話を聞いて思いっきり泣くのを楽しみにしていた。そのため最初の一月はアイレーが自分が知っている話や、持っていた本に書かれていた物語だけで何とかはなった。

 しかし、やがて話のネタは尽き、次に町の図書館の蔵書に頼ったが、それも二月ほどで底をついた。
 そのため、アイレーはいよいよ自分の創作した話をメーギーに聞かせることにしたのだったが。


「駄目だね」アイレーは深くため息をついた。「メーギー、君とはそろそろお別れしなくてはいけないかもしれない」
 そう言ってにっこりと笑った。メーギーはその言葉に驚き、悲しんで相手を見た。けれどもなんと言っていいのか、彼女には分からない。
 
 私が泣かなければ、真珠が手に入らなければ、私の養い親はこの人をクビにし、別の人を連れてくるだろう。それは前から彼女にも分かっていたことだった。

「考えて見れば、僕のようについてない人間はそういないだろうな」彼は嘆いた。「もう少しで借金の重荷から抜け出せそうだった。それがあと少しというところで、仕事がうまくいかず、クビになろうとしている。利子が利子を呼び、借入金は再び増えていくだろう。どうしたらいいのか」
アイレーは頭を抱え込んだ。メーギーはその姿をじっと見つめた。

 しばらくして不意にアイレーは頭を起こし、メーギーに言った。

「これは創作でもなんでもなくて実話なんだけど、聞いてくれるかい?ある子供の話を」
 彼女には今まで見せたことのない表情だった。相手の物悲しい目にメーギーは黙ってうなずいた。

 そこでアイレーはある男の子の話、そのかわいそうな生い立ちを語った。
 
 生まれてすぐに捨てられたこと。孤児院での悲惨な暮らし。

 メーギーははっきり言わなくても、今までの彼の創作した話とはまるで違う事細かな描写に、話の中の男の子は目の前にいるアイレーの子供の頃だとわかった。

 途端、彼女の両の眼から涙があふれた。美し真珠がコロコロといくつも床を転がっていく。
「その男の子、可哀想」
 止まらぬ涙で鼻をすすり上げながらメーギーが言った。アイレーは彼女がこんなに号泣するのを見たのは初めてだった。

”やった!”
 彼は心の中で叫んだ。
”やはり最初から作り話として聞かせては駄目なんだ。真実だと思わせるのが肝心なんだ”

 実際、彼は親に捨てられ、一時期孤児院で育った。確かにひどい目にもあったが、それなりにいい思い出もある。しかし、そこには蓋をし、孤児院の仲間が経験した悲惨な話も取り混ぜて、淡々とかわいそうな子供の話を語ったのだ。

 床には真珠が敷き詰められた様に散らばり、今日の仕事はこれで十分と思われた。
「あの、僕が作ったのはダメだったけど、こんな話で良かったら明日もまた聞かせる事はできるんだ。その子には色々あったからね。どうだろう。続きを話していいかい?」
 メーギーは一も二もなく承知し、アイレーのクビはつながった。


 それから数日の間、アイレーはかわいそうな男の子の身の上話をメーギーに語った。
 もらわれた先での虐待。学校での先生や生徒たちのいじめ。泥棒と思われ殴られたこと。それこそ、誰一人としてこの可哀想な子に親切にしてやる人間はいなかった。そんなふうに話をした。

 連日、メーギーは泣きに泣き、真珠はそれこそ山のようになった。
 雇い主から特別報酬もいただき、借金の返済も完了して、そろそろ本業の物書きに戻ろうとアイレーが決心したある日、メーギーが不意に彼に言った。

「そのお話していただいている可哀想な子に伝えて欲しいんですけど」
「なに?」
「人魚がかたきを討ったと。その子が小さいころにいた街は海に沈んだと。その子は喜んでくれるでしょうか?」

「な、な、」
 アイレーは何かしゃべろうとしたが声にならなかった。
 足に力が入らず、思わず膝が落ち、全身が震えた。

 その様子をメーギーは不思議そうに眺めている。
 アイレーは自分の浅はかな考えが、大変なことを引き起こしてしまったことに深く後悔した。そして、今こんな状況でも自分が泣けないことを、涙がこぼれてこないことに絶望していた。


終わり
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テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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