伝統
俺が最初にタバコを吸ったのは18の時だった。誕生日を迎えた次の日に、親父の家を初めて訪れて、そこで吸った。シガレットだった。
前日の俺の18の誕生日、親父は俺とお袋が住んでいたマンションに来て、自分の本当の仕事を俺に打ち明けた。たばこ家だと。
それまでは親父は船乗りだと言っていた。長い間家を留守にするし、船員のような格好の写真まであったので、俺はそれをずっと信じでいた。
騙されたことに少しショックだったが、嘘をついた理由に納得がいったので恨みはしなかった。今でもそうだが、あの頃も過激な健康団体が活発に活動していて、たばこ家は格好の標的になっていた。
親父は俺とお袋のことを考えて、正体を隠したんだ。
たばこ家の常として、子どもをもうけるつもりなら、家族と一緒に住む訳にはいかない。母親が喫煙の認可を貰ってたとしても、子どもには18になるまで許可はおりないからだ。副流煙を吸うことも禁止されているのだから、どうしてもそうなる。
喫煙のできる場所も許可されたところ、たいてい自分の家の中と決まっているので、仕事上、外に囲っている家族と長く一緒にいられない。家族の安全のため、嘘も付きたくなるだろう。
親父は喫煙の許可がおりる年令になった俺に、自分の跡継ぎになることを希望した。俺はそれを受けた。伝統というのは誰かが守っていかなければならないものだと思う。たとえそれが、健康団体が悪しき風習と非難している喫煙にしてもだ。
俺は跡を継ぐため、タバコの栽培、製造、喫煙が許可されている親父の家に移った。もちろんお袋も一緒だ。
たばこ家の跡継ぎとしての教育は結構厳しいものだった。
タバコの品種、栽培法、実際の作付。収穫、乾燥。
噛みたばこに嗅ぎたばこ。葉巻に刻み、紙巻き、手巻き。
喫煙具ではパイプに水たばこ、煙管のそれぞれの種類とその手入れ。
覚えることは数限りなくあった。もちろん同時に、それらを実際に味わう。
最初の頃はむせて、まずさしか感じない俺だったが、一月後には徐々に慣れ、半年を過ぎた頃にはどんなタバコでもいけるし、うまいと思うようになった。
そんなある日、親父が俺を呼んだ。そして衝撃の事実を俺に告げた。
「明日から喫煙は禁止だ」
事も無げに言う。俺は当然理由を尋ねた。
「それが我が家の流儀だからだ」
親父はそう言った。
そこで初めて俺は我がたばこ家の存在理由を知った。何の事はない、我家は喫煙の文化を保護、継承するのが目的ではなく、それにともなって様々に編み出された禁煙の流儀を保存するのが目的の家だったのだ。
「なんでそんな大事なことを今まで黙ってた?」
俺は親父に詰め寄った。
「それも我家の流儀だ。私も私の父親に真実を告げられたのは家に入ってから半年後で、すっかりニコチン中毒になった頃だ。多分最初から知らせるとタバコを吸うのを加減してしまって、真の禁煙にならないと思ったからだろう」
親父が答えた。
「そこで禁煙法だが、我家は先祖伝来の器で、喫煙欲が湧いたら水を飲む、というやり方だ。今からその器をお前に渡す」
俺はショックで親父の声が耳に入らなかった。
考えて見れば、船乗りを自称していた親父は一年のうち、何ヶ月かは俺とお袋と一緒に暮らしていた。その間喫煙してなかった。禁煙してたんだ。
「喫煙をやめる期間は三ヶ月。その後再び喫煙を開始し、半年間続け、また禁煙する。これを一生続けることになる。わかったか?」
俺は初めて親父を、伝統を憎んだ。なんとくだらない。喫煙も健康を理由にそれを駆逐して片隅に追いやってしまった世界も。
俺はその時、世界に復讐を誓った。タバコで世界を狂わせてやると。
闇タバコの帝王、暗黒街の支配者 コップ・チャンパーの獄中記より 一部抜粋
終わり
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
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