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楽しく素敵なゴルフ場



「しかし、相変わらずここは客がいないなあ」
 クラブハウスのレストランで、年配の男性があたりを見回して言った。
 テーブルの向かい側に座った、これまた年配の女性がそれに答えた。

「このゴルフ場のクラブハウスはここだけじゃないんですから、ほかのレストランの方に行ってるのでは」
 相手に向かって軽く微笑んでいる。

「それにしても少ないだろう」
 男は異を唱えた。二十近くあるテーブルのうち、埋まっているのは自分たちを含め三つだけだ。
「昼時なのに」
「まだプレイされている人たちが大勢いるのでは。今日は天気もいいですし」

「それだよ」
 男は我が意を得たりと宣った。
「こんないい天気で、しかも連休初日だ。なのにろくに人がいない」

「ここは都心から少し遠いですし」
 女が言った。
「いや、だからこそ立派なホテルが隣接されてるわけなんだが。しかも料金は格安だ」

「まあ、そうですわねえ」
 女が男の言い分を認めた。
「ゴルフ人口が減ってるんでしょうか」

 女の言葉を聞いて、男はかぶりを振った。
「いいや、そんなことはない。詳しい統計は知らないが、我が国は老人のほうが多くなって、激しいスポーツは敬遠され、このゴルフのような落ち着いた競技が主流になっていると聞いている」

「でも、ゴルフは初めての人には敷居が高いのでは。道具も揃えなければいけませんし」
「そりゃそうなんだが、ここなら、六十五歳以上には国の補助金が出る。そんなに金銭的負担はないはずだ。
 道具は貸してもらえるし、ゴルフ練習場も併設してる。ここは世界一広いゴルフ場だ。初心者向けのやさしいコースもいっぱいある。ただここに来るだけで、すぐにある程度はゴルフを楽しめるようになるんだが」
 男は軽く首を振った。

「宣伝が足りない、ってことはありませんよね。私も方々でこのゴルフ場のことは聞きましたもの」
「まあ、国営だしね。国を揚げて宣伝してるな。楽しく素敵なゴルフ場って」

「とすると、やっぱりこれが原因じゃないですか」
 女が腰のバッチを指した。放射線被曝量を検査するためのものだ。ここでプレイする人は必ず付けなければならない。

「そうなんだろうな。全く迷信深い奴らが多い。こんなもの、俺なんか来るたびにつけるのが面倒くさくて、たまに外したままにしてるよ」
 勇敢なところを見せつけたかったのか、男がそんなことを言った。
「あら、それはいけませんわ。ここでは常につけているのが規則ですし、もしものことがあったら、洒落になりませんよ」
 女がたしなめた。

「大丈夫、全く平気だよ。実は、一度、廃炉のそばの立入禁止の森にボールを打ち込んでしまって、それを取りに行ったことがあったんだ。それでも被曝量はほとんど変わらなかった。放射能、放射能って怯えすぎなんだよ。そんなんじゃ、レントゲンも撮れないさ」
 男がニヤニヤ笑って言った。


「でも、関係あるか分かりませんけど、いつも一緒にプレイしていたチョイワンさん、前立腺がんで入院したそうですよ」
 女が無表情に言った。
「チョイワンさんが?」
 男は少し驚いたが、すぐに言った。
「ここでしょっちゅうプレイしてたこととは関係ないだろう。ある程度齢の入った男が前立腺がんになるのはそんな珍しいことでもない」

「実はムジゲさんも」
 女がつぶやいた。
「ん?ムジゲさんが何?」
「白血病だそうです」

「白血病!」
 男は黙ってしまった。たびたび共にプレイしていた二人が立て続けに病に倒れた。男はさっきまでの自信がすこし揺らぐのを感じた。

「あっ、鼻」
 女が相手の顔を指す。
「えっ」
 男が鼻に手をやると、指に血が付いている。
「鼻血だ」
 なぜ急に?ぶつけた覚えはないが。

 ティッシュで処置をし、一応出血は止まった。それを見て女が言った。
「じゃ、午後のラウンドに行きましょうか?」

「いや、なんか、ちょっと、体がだるい……。悪いけど帰らせてもらうことにするよ」
 男が情けなさそうに言った。

「そう。じゃ、気をつけて。私はまだ残ってプレイを楽しむわ」
 
 本当に迷信深い。きちんと決められたところだけでプレイし、立入禁止地域には近づかない。そして必ずバッジを身に着け、被曝量を把握し、安全域内にコントロールする。そうすれば何も心配することはないのに。

 女は笑ってコースに向かった。外ではやわらかな風が吹き、素晴らしい青空が広がっている。ゴルフを楽しむには最高のコンデションが彼女を待ち受けていた。

終わり

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

 

テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

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Author:火消茶腕
ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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