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最高のお風呂



「キャプテン、あの、状態はどうですか?何か不都合とか、不足してることありませんか?あったら、遠慮せずお申し付けください」

 備え付けのスピーカーから、部下のひとりであるコーニーの声が聞こえてきた。
 俺は今、本当に久しぶりに、多分、十数年ぶりに湯船に浸かっている。
「ああ、大丈夫。特に問題はない。いい湯だ」

 浴槽がわりの貯水タンクにはなみなみとお湯が満たされており、俺はその内壁に背をもたせかけ、両腕を縁に預け足を伸ばす。
 ややぬるめの湯は俺の体の芯をじっくりと温め、湯気が本来は倉庫として使われている部屋にただよっている。
「本当にありがとう。こんなうれしいプレゼントは今までなかったよ、コーニー」
 俺はマイクに向かって言った。

 数日前、シャワーやサウナなどでは味わえない、湯にたっぷり浸る極東の風呂の良さについて俺が話をしたのを、部下たちは覚えていたらしい。今日の俺の誕生日に、お祝いとしてわざわざそのスタイルの風呂を用意してくれた。

 一般的に、このような探査宇宙船では体を洗う設備はない。濡れタオルで拭いておしまいだ。それで一応十分なはずなのだが、部下たちは色々工夫して、この素敵な風呂を作ってくれたのだ。

「それにしても」
 俺はマイクの向こうにいる部下に言った。
「不思議なもんだな。からだの大半を失う以前と、今こうして湯船に浸かっている感覚は全く変わりない。人工皮膚がそれだけ優秀だということなんだろうが」
「そうなんですか?それは素晴らしいですね」
 コーニーが穏やかに答えた。

 俺は事故で下半身のほとんどを失った。現在、生身の部分は頭部と腕のみ。後は人造物で補われている。
 事故当初はやけになって、自殺も考えた。自分は人間ではなくなってしまった気がしていた。
 しかし、この身体を得ることによって、俺はこの船のキャプテンの地位に付くことができたとも言える。俺は実重量が成人男子の半分になった。加えて、からだの大半が電力で動くので、水や食料をあまり必要としない。宇宙旅行にはうってつけなのだ。
 
 さらに下半身を失うことによって、男女のトラブルから解放された。そのため、若い娘十人が乗るこの船のキャプテンに抜擢された。間違いが起きにくいだろうということだ。
 実際、たまに妄想は起こるが、いまさら誰かとカップルになる気は毛頭ない。男としての俺は終わったのだ。
  
 当初は特殊な俺の扱いに、部下たちは戸惑っていたようだが、今はこうして心からの信頼を得ている。事故も悪くなかったと、思えるようになった。

「しかし、なんだ」
 俺はコーニーに言った。
「はい?」
「湯船は空いていた貯水タンクなんだろうが、この大量のお湯はどうした?水はギリギリだと思ったんだが」
 宇宙船に積める物資の量は限られている。余力はどの物資も殆ど無い。風呂に使った分はあきらかに計算外のはずだが。

「あっ、それは、その」
 コーニーが返事をためらった。
「何だ、俺に知られてまずいことをやったのか?」
 俺は一瞬、声を荒らげた。物資の浪費は乗組員の生死に直結する重大な過失だ。いくら俺を喜ばそうとしてやったことだとしても、甘い顔はできない。

 俺の剣幕に押されたのか、コーニーが白状した。
「そのお湯は廃液を処理したものでして」

 廃液?そういえばもしもの時のために、一定量の廃液を溜めておくシステムがあったな。とすると。
「えっ、じゃこのお湯は皆のおしっ……」
「水です!ちゃんと処理されてますから、原理的に普通の水です!」
 コーニーが叫んだ。

 俺は圧倒されて黙っていると、コーニーがぽつぽつと語りだした。
「その、キャプテンのお風呂に、廃液を使うかどうかは、結構揉めたんですけど、飲料用を使うには危険が高すぎて。でも、どうしても、キャプテンに喜んで欲しかったから」
 
 さらに黙っていると、訴えるようにコーニーが言った。
「本当です。けして、キャプテンを騙して、笑いものにしようとしていたわけではないんです。でも……、不快にお思いでしたら、直ぐ、湯船から上がってください。その、すみませんでした」

 しょげた声のコーニーに俺は答えた。
「いや、全く気にしてないよ。そんなこと気にするもんかね」
 若い娘の。不快なことなどあろうはずがない。
「原理的にただの水だよ。処理してるんだろう」
「そうですよね。普通の水ですよね」
「普通の水さ」
 若い娘の。

「皆の気持ちがうれしいよ。多分、生涯で一番の風呂だ」
「それはよかったです」
 喜ぶコーニーの声。
 俺も嬉しかった。ぜひ来年もやってくれることを望む。この船のキャプテンをやって本当に良かった。

終わり


最後までお読みくださり、ありがとうございました。

この記事で ブログ村 SF・ファンタジー小説トーナメント 5位になりました。投票ありがとうございました。
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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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