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恋する乙女は爆発する


「こんにちは~」
 私は放課後、彼女が普段活動していると聞いた化学準備室を訪ねた。情報の通り彼女はいた。
 私を見ると彼女は、一瞬、はっとした表情をした後、きつい顔になった。私を知ってる?
 
 このところ、”学園付きの探偵”みたいな立場で種々の依頼を受け、仕事をしていたので、私の方に面識がなくても、相手が私を知っているということはあり得る。しかし、これでは不意打ちは無理か。やや難儀だ。

「はい?」
 それでも相手は私を知らないふりをしてきた。私はすぐに名乗った。
「はじめまして。私は二年生のナンカーといいます。ええと、リンファさんですよね?化学部部長の」
「ええ、私はリンファですけど、ナンカーさん?どんなご用?」

 リンファさんは明らさまに敵意を見せてきた。私を恐ろしい目で睨んでいる。何か私に対し憎しみまで向けているようだ。彼女は大柄な方ではなく、むしろ華奢な体をしていたが、いかんせん、こちらは輪をかけてちびだ。私は身の危険を感じた。直ぐ撤退するべきか?

「あっ、いえ、大した用事ではないんです。お忙しいようなので、また今度来ます」
 回れ右すると、ドアが施錠される音がした。振り返るとリンファさんがリモコンを持っている。

「便利でしょ、リモコンキーよ。これで、そのドアはこれを使わないかぎり開かないわ。まあ、座りなさいよ」
 彼女がそばの丸椅子を勧めた。

 普通の女子高生に会うだけだと考えて、護身用の道具を何一つ持ってこなかったことを私は後悔した。何かあったらすぐに警察に電話できるよう、ポケットの中のスマホをセットする。そうしながら、けして相手から目をそらさないようにして、私は椅子に座った。

「で?」
 リンファさんは立ったままで私に聞いた。怖い目だ。どうする?うまくごまかせる話があるだろうか?相手は私が探偵だと知っている。当然、自分の罪を暴きに来たと思っているだろう。だからこの表情なんだろうし。
 もはや小細工を労せず、当たって砕けるしかないか。

「実はリンファさんにお願いがあってきました」
「お願い?」
「はい、もう止めて欲しなって思いまして。爆弾を仕掛けるの」

 リンファさんの表情が憎悪から驚愕に変わった。あれ?予想してなかった?

「はっ、なにそれ!あなた頭おかしいんじゃないの!」
 否定しているが、声が上ずっている。
「いいえ、残念ながら、頭はいたって正常です。私はリンファさん、あなたが校内に爆弾を仕掛けて回っていることを知ってるんです。なんせ一応探偵ですから、いろいろ調べましたので」

 きっぱりと言い切ると、さすがに相手はたじろいだ。このまま押しきれるか?
「探偵?あなた探偵なの?そういえばそんな娘が学園にいるって噂で聞いてたけど、それがあなたというわけね」
 リンファさんは再び私を睨みつけると言った。
 
 あれ?私の正体を知らなかった?じゃ、なんで最初っからあんなに私の事睨んでたわけ?
「まあ、そういうことです」
 私は答えた。
「その探偵さんがいろいろ調べたそうだけど、何を証拠にそんなことを言うのかしら?知ってる?最初、校門で爆発があった時、爆薬の製造能力がありそう、というだけで、さんざん、ここは調べられたのよ。私自身、尋問らしきものも受けたわ。その結果、警察は私や化学部のみんなは”シロ”だと断定したの。それなのに、どんな理由で私を疑うわけ?」

「リンファさんは八百屋お七って聞いたことありますか?」
「八百屋お七?」
「知ってますか?」
 相手はかぶりを振った。
「江戸時代の八百屋の娘、お七が火事で家を焼け出され、寺に身を寄せます。そこで寺小姓の男と恋仲になった。でも、やがて家が再建され、寺から引き戻された。江戸時代の頃なので何かと不自由で、その後、愛しい人に会えなくなってしまった。そこで、お七はもう一度火事になって焼け出されれば、寺へ行き、愛しい人に会えると考え、放火して、捕まって、死刑になってしまった。そんな話です」

 リンファさんの顔色がまた変わった。羞恥と驚愕と憎悪が混じったような表情だ。
「つまり、最初の爆発は偶然というかとにかくあなたが仕掛けたものではなかった。だから、当然、ここをいくら捜査しても犯人である証拠などない。でもその後の、見え見えに設置され、一度も爆発すること無く解体された爆弾を作ったのはあなたですよね」
 リンファさんは無言だ。

「あなたは別に本当に爆弾を爆発させ、誰かを傷付けたり、何かを破壊しようなどとは思ってはいなかった。ただただ、会いたかった。爆弾騒ぎのたびに来るある人に」
 
 私はイケメンで名高いチャンフォン巡査の顔を思い出した。私も知り合いだが、そのモテ具合は大変なものだ。そんな彼がこんな学園に頻繁に出入りすれば熱を上げる少女が多数出ても不思議ではない。しかし、今回、熱を上げたひとりが彼女だったために、校内で連続して爆弾騒ぎがあり、捜査陣が振り回されることになったわけだが。

 リンファさんはポロポロと涙を流した。
「そうよ、その通りよ」
 認めた。
「私は彼に会いたくて、爆弾もどきを作った。そのたびに、彼は私のところに来てくれて、話をいろいろして……」

「あなたにしてみればさぞや滑稽に見えるんでしょうね。私」
 なにか吹っ切れたような顔をして、リンファさんは私を見た。
「いいえ、滑稽だなんて」
 私は急いで否定したが、
「嘘!」
 彼女は突然激昂した。
「馬鹿な女が自分の彼氏を好きになって、こんな騒ぎまで起こしたことを知ったんですもの、愉快でしょうがないんじゃないの」

 へっ?彼氏?私の?えっ?

「でもいいの。これぞ、天の配剤というものなんでしょうね。今まで校内に設置した爆弾はどうしたって爆発しないように作ったけど、ここに仕掛けたものだけは違うわ。確実に爆発する。バレたら私自身も含めて、ここにある証拠をみんな無くしてしまおうと思っていたの。それが憎い恋敵も道連れにできるなんて、もう何も思い残すことはないわ」
 リンファさんはさっきとは別のスイッチを手に取った。
「なにか言い残すことはある?」

「ちっ、ちょーっと待って!」
 私は慌てふためいた。
「な、何ですか、彼氏って。私、今の今まで彼氏なんかいたことないんですけど!」
 私の言葉にリンファさんは見透かしたように笑った。
「ふっ、往生際の悪い。私見たのよ、あなたがあの人と仲良くしているところ」
 はて?私がチャンフォン巡査と仲良く?二、三度、事情聴取をされたけど、それを見て誤解されたか?それで彼女は私をあんなに睨んでいたのか。

「誤解ですよ。彼とは私が探偵をやっているから、今回のことを聞かれてただけで。プライベートな関係はいっさいないです」
 私は慌てて弁明した。
「へ~っ。個人的な関係がない人とあなたは町中、私服姿で、喫茶店に入って楽しくお話したりするわけ。へ~っ」
 リンファさんが言った。

 えっ、町中?私服で喫茶店?チャンフォン巡査とそんなところで会った覚えはない。
 
 彼女は一体何を見たんだ?まてよ。あ~っ!ひょっとして、ひょっとしたら!

「もう、言いたいことは終わった?じゃ、神にでもなんでも祈って。多分、そんなに醜い姿にはならないから。こなごなにはなるでしょうけど」
 私はスマホを操作し、急いで目当ての物を探す。頼む!速く!速く!あった!

「ひょっとして、私の彼氏というのはこの人ですか!」
 私はスマホの画面を彼女に向けた。そこにはにやけた男が1人写っている。
「そうよ!ああ、そんなふうに笑うのね。素敵な笑顔。あなたにはこんな顔を見せてくれるのね。本当、羨ましい、妬ましい。じゃ、一緒に死にましょうか」

 今にもスイッチを押そうとしているリンファさんに向かって私は叫んだ。
「兄です!こいつ、いやこの人は私の兄なんです!」

 私の言葉に彼女の手がピタリと止まった。
「兄?嘘!本当に?」
「本当です。これが証拠というか、私の家族の写真です」
 そう言って私はスマホの中の写真を何枚かを見せた。私と私の両親、そして兄も写っている。これでまさか彼氏と同棲してるとか誤解はされまい。

 彼女は納得したようで、明らかに私に対する顔つきが変わった。

「そう、妹さんだったの!嫌だ、私ったら、変な誤解してしまって。ごめんなさい。あっ、コーヒー飲む?本格的なものが出せるのよ」
 私は遠慮した。とにかく、命の危険は去ったようだ。

「それで、ナンカーちゃん。あの、あなたのお兄様に恋人はいらっしゃるのかしら?ご存知?」

 ナンカーちゃん?
 私はその豹変ぶりにいささか呆れたが、これも恋する乙女特有の狂気のなせる技だと思って諦めた。
「ああ、あいつに恋人なんて今までいたことはないっすね。断言できます」
 私は言った。
 身内だからなのかもしれないが、納得がいかない。リンファさんは性格はまあアレなのだろうが、美しい人だ。多分モテる方だろう。なのにそんな人にあいつが一目惚れされるとは。刑事ということを除けばただのキモいオタクなんだが。

「そう、そうなの」
 リンファさんの顔が明るく輝いた。
「で、あなたのお兄さんの、その、好みのタイプの女性って分かる?」

 私は馬鹿らしくなり、つい意地悪を言った。
「まあ、刑事って職業ですから、好みというか、犯罪者とは付き合えないでしょうね~」

 途端、彼女の顔が蒼白になった。
「そうね、そうよね!そう、そうなんだわ。私、バレてしまって、犯罪者になってしまったんだわ!これじゃ、あの人とは付き合えない。付き合う資格なんかない。あ~っ、もう終わりだわ。終わりよ。死のう!」
 さっきのスイッチを再び手に取り、叫び出した。

「わ、わ、わ、待ってください。早まらないで!」
 私は彼女の手を取り、スイッチを押させないように彼女の指を掴んだ。
「離して、死ぬんだから!おめおめ捕まって、あの人に軽蔑された目で見られるなんて耐えられない。もうあの人とは絶対付き合えないんだから、死んだほうがいいの!」
 強引に私を振りほどき、部屋を爆発させようとする。冗談じゃない!やるなら1人でやれ!

「心配ない!心配ないです。逮捕なんかされませんから!」
 私は必死に彼女にしがみつき、言った。
「私には逮捕する権限なんてないですし、それに学園からの依頼もそうなんです。なるべく穏便に済ませて、間違っても生徒から逮捕者などがでないように、という意向なんです」

 それを聞き、リンファさんの動きがピタッと止まった。
「本当に?」
「本当です。最初の爆発以外は、まあ、人騒がせでしたが、誰も傷付いていませんから」
「じゃ、あなたは見逃してくれるの?」
 リンファさんはおずおずと尋ねた。
「はい、今後爆弾騒ぎがなくなるのであれば」
「そういうことなら……」


 こうして今回の難事件は解決した。八百屋お七じゃないけれど、恋する乙女とは厄介なものである。
 ちなみに、最初に学園の校門を爆破した犯人は、市の他の施設を狙った折に捕まった。これで、校内での爆弾騒ぎは、便乗した愉快犯の仕業であることがわかったが、まさか、恋しい人に会いたい一心で女子高生が起こしたと考えるものはなく、事件は有耶無耶に終わったのである。
 
 しかし、それは校内だけの話。今後の爆弾騒ぎをやめる条件として、私はリンファさんと兄との仲を取り持つ約束をさせられたのだ。
 彼女は今では足繁く我が家に通い、「私の事、おねえさんと呼んでいいのよ」などとのたまっている。兄も初めてもてたもんだから、まんざらでもない顔をしているので、本当にそんなことになりそうだ。
 
 そんな訳で、今回の事件の真相は私と彼女しか知らない。もし私が少しでも他に漏らしたら、命はないだろう。万が一私が殺されたら世間に公表できるよう、一応ここに書き止めておく。
 
 恋する乙女は本当に迷惑だ。


終わり


最後までお読みくださり、ありがとうございました。

この記事で ブログ村 自作短編小説 3トーナメント で準優勝しました。投票ありがどうございました。

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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