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海辺で



「……警報が発令されました。……へ避難してください」
 
 防災無線から放送が流れている。遠くでサイレンも聞こえる。
 私はみんなが移動する流れに逆らい、海辺へと急ぐ。
 水門の方へ。
 彼がいるはず。
 私は急ぐ。

 車と人がゆっくりと移動している。
 人を呼ぶ声。
「早く、早く」
 そう言ってはいるが、声に焦りはない。
 私だけが必死の形相で移動している。

 走りに走り、遂に彼を見つけた。やっと見つけた。
「ハイシェン!」
 声を限りに叫んだ。でも彼は気づかない。
「ハイシェン、ハイシェン!」
 叫びながら彼のもとへ。
「ハイシェン、わたし……」


 翌日、ホテルのロビーでノウルさんと偶然会った。彼女も昨夜ここに泊まったらしい。
「どうでした?」
 ノウルさんが私に聞いてきた。
「はい、会えました」
 私は答えた。

「それは良かったですね。お話できました?」
「それが、まともにはできませんでしたが、顔を見れました。ノウルさんは?」
 私はほほ笑んでいる相手に聞いた。

「駄目でした。まだ見つからない。一体どこにいるのか」
 力なく笑っているノウルさんを見て私は慰めの言葉を掛けた。
「大丈夫、きっと探し当てられますよ。私も最初は全然見当も付かなくて、何年か無駄にしてしまいましたけど、諦めなければ、きっと会えます」
 ノウルさんはにっこり笑って、「そうだといいですよね」と言った。

「では、また来年お目にかかれることを願ってます」
 ノウルさんの言葉に私は少しためらって言った。
「本当に残念なんですが、多分、私は来年はここに来ないと思います」
 意外だったのか、相手は言葉に詰まった。
「結婚するんです。この春に」

「おめでとう!」
 ノウルさんから、心からの祝福を貰った。ノウルさんは私の手を取り涙ぐんでいる。
 私はありがとうを繰り返した。私の目からも涙がこぼれた。

「どうぞお幸せに」
 ノウルさんの声を受け、私はこの不思議なホテルを後にした。

 帰りの電車の中、私は昨夜の夢を思い出していた。
 あの災害で残ったホテル。あの日と同じ日付の時にそこに泊まると、思いを抱え残されたものは夢を見るという。
 私はその噂を信じ、ホテルを訪ね、そしてそれから幾度も泊まった。
 
 それは必ず同じ夢。あの日の夢。私はそこにいられなかったはずなのに、夢の中ではあのホテルにおり、彼を探して町をさまよい続けた。

 三年前に彼を見つけ、泣いてすがろうとしたけれど、そこで夢は終わった。
 去年は怒りがこみ上げ、彼に文句を言った。どうして、あんなに約束したのに私を置いて行ってしまったのか、と。それでも彼は私に気づかず、振り向いてくれもしない。そこで、夢は終わりを告げた。

 そして、今年、私は彼のもとに行き、彼に謝った。他の男と結婚する、と告げた。
 彼は振り向いた。笑っていた。あの優しい顔で。
 彼の口が「良かった。幸せになって」と言ったような気がしたのは思い違いだろうか。

 私は目を閉じ、その場面を思い出す。

「……警報が発令されました。……へ避難してください」
 防災の無線の放送と遠くのサイレンがこだまする。
 彼の笑顔が眩しくて見えない。
 
 私は目が痛くなり、つい涙を流した。



終わり


最後までお読みくださり、ありがとうございました。

この記事で ブログ村 感動する物語や詩(創作作品)トーナメント 5位でした。投票ありがとうございました。
 
 
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テーマ : ショートショート
ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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