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トーナメント



 この作品を、私がブログ村トーナメントに応募した時に、私の方および引き分けに投票してくれた全ての方々に捧げます。


「君、少し良いかね?」
 打ち合わせが終わった後、先生が僕に言った。
「は、はい。何でしょうか?」
 僕は緊張した声で答えた。僕が担当に変わってから、彼がこんな風に僕に話しかけてくることは初めてだったのだ。今まではほぼ事務的な受け答えばかりで、世間話一つなかった。
 勿論、こちらから、無難な話題、たとえば天候とか、季節のこととかを振っては見たのだが、先生は一向に乗ってくることはせず、「うん」とか「そうだね」としか言わない。気むずかしい人だとは聞いていたが、これほど頑なになってしまったのは、こちらにも責任がある。
 先生は中堅の作家で、そこそこの人気がある。我が社の看板作家の一人と言って良い。その大事な作家先生を前の担当者はひどく怒らせてしまったのだ。その怒らせた担当者は僕の先輩であり、雑誌編集の仕事を一から教えてくれた人でもあるが、そのとばっちりで、ろくに経験もない僕が、先生を担当することになった。
 当然、先生の編集者としての僕への信頼は薄い。僕もあたりまえだと思う。
 そのため、僕はとにかく前任者のように先生に不快感を与える事のないように、ただただ、下手に出て、余計なことは一切喋らないようにした。先生の仕事場、自宅の一室だが、そこにおじゃましてる間、先生はただひたすら机に座って文章を書き、僕はただ黙って見ているだけだった。

「今日、この後、時間あるかね?」
 先生が言った。
 時間?今は午後の三時、まさか食事や飲みのお誘いではないだろう。何の用だろうか?
 これから会社に戻り、雑用はあるが、必ずしも今日する必要はない。何より、先生の頼みを聞く機会がそうそうあるとは思えない。僕は大丈夫です、と返事をした。
「そうか、なら」
 と先生は言って、同じ部屋に控えていたフジコさんを見た。フジコさんは先生の娘さんで、大学卒業後、先生の秘書のようなことをやっている。
 正直、フジコさんがいなければ僕は先生の担当をすぐに辞退していただろ。フジコさんは今時珍しい、深窓の令嬢といった風情で、言葉遣い、立ち振る舞い、どれも上品だ。加えて文学の知識も豊富で、実はこのフジコさんと話をするのが楽しみで、先生のもとに通っていたのだ。

 そのフジコさんが紙束を持って来て、僕の前に置いた。A4サイズの紙に何やら文字がプリントされている。
「当然、君はブログを知っているよね」
 先生がおっしゃった。
「はあ」
 僕は返事をした。何だ、先生も自分のブログでも立ち上げるつもりなのかな?
「それでは、”ブログの街”というサイトを知っているかい?」
 知ってる。
「ええ。ブログランキングを載せているところですよね」
「うん、そうだが、そこではブログ勝ち抜き戦ということもやっているんだ。知っていたかね」
 ブログ勝ち抜き戦?そういえば。
「はい、聞いたことはあります」
「見たことは」
「ありません」
「小説のでもかね?」
 ここで僕は躊躇した。見たことがない、と正直に言えば、勉強不足な奴と思われるだろうか?しかし、変な見栄を張って嘘がバレたらマズイ。前の担当者は虚言癖がもとで先生を怒らせたのだ。ここは正直に言おう。
「はい、ネットでは”作家になりたい”という小説投稿サイトの、人気の高い作品は一応チェックしていましたが、”ブログの街”はほとんど覗いていませんでした。すみません」
 僕は頭を下げた。
 先生は特に気にする風もなく話を続けた。
「ブログ勝ち抜き戦ではテーマごとに参加者を募るのだが、最近、短編小説というテーマが挙げられ、20作品が集まった。それがそうだ」
 そう言って、先生は僕の眼の前に置かれた紙束を指した。なるほど、たしかに何部かに閉じられて、小説のようなものが、横書きで印刷されている。
「それでだ。その中でどれが一番だと思うかね?」
「はあっ?」
 驚きのあまり、思わずそう言ってしまった。
 なに!つまり、勝ち抜き戦で優勝するであろう作品を当てろ、ということか。
「えーと、先生はこの20の作品の中で、私がどれが最も優れたものであると考えるのか、お知りになりたい、というわけですか?」
「そういうことだ。君が嫌なら無理にとは言わない。仕事とは関係ないものだから」
 
 そう言っている口調は恐ろしく冷たい。明らかに僕の編集者としての能力に疑問を抱いているのだ。それで、この当てっこで僕を試そうというのだろう。正直不快だ。しかし、先生にしてみれば僕は息子同然の年齢だ。頼りにしてくれと言われても信じがたいだろう。それにフジコさんは期待の目で僕を見ている。

「多少、時間がかかってもよろしいでしょうか。この量ですと、全てを読んで検討するのにどうしても一時間以上は掛かりますけど」
「構わんよ。ここで読んでくれて結構だ。もし、夕食時までかかるようなら、フジコの手料理で構わんなら食べていってくれ」
 フジコさんの手料理!なんと魅力的な誘い。ではわざとじっくり時間をかけようか。
 いやいや、それでは編集者としての能力が疑われる。ここは、逆に大急ぎで全て読んでしまおう。
「では読まさせていただきます」
 僕はさっそく読みに掛かった。

 僕には賞の応募作品を読む経験があった。なので、熟読しなくても、駄目な作品はすぐ分かる。20作品を軽く目を通し、ふるいに掛ける。そこで読むに値しそうな作品が5つ程引っ掛かった。改めてその作品たちをじっくり読み返す。
 しかし、今回は簡単だった。飛び抜けて出来の良い作品があったのだ。文章は多少荒削りなところはあったが、若い、みずみずしい感性が作品の中に溢れている。このまま、出版しても良いくらいのものだ。
「決まりました」
 僕は先生に言った。
「このタガワ ウノスケさんの『霜の音』がこの中では最も素晴らしい作品だと思います」

 先生はそれに応えず、作品が印刷された紙を手に取ると、二つに分け、一方を僕に戻した。
「一回目の総当り戦の結果、この16作品が残った」
 僕は先生に渡された作品たちの題名を見た。「霜の音」はない。
「えっ、あっ、もう投票は終わってたんですか?」
 それにも答えず先生が言った。
「どれがいい?」

 僕は顔が赤くなるのを感じた。あんなに自信満々に答えたのに、外してしまった。16位までにも選ばれなかった作品を指名するとは。先生は無表情で、何を考えているか分からなかったが、見るとフジコさんは明らかに落胆した顔をしていた。期待を裏切ってしまったようだ。
 正直、あの「霜の音」が一番でないとしたら、自信を持って押せる作品は思いつかない。ここで音を上げてしまいたかったが、それでは先生の信頼を勝ち取ることなどできないだろう。僕はもう一度、残された作品を見た。

 一度目を通しているので、改めて読む必要はない。どんな作品かは分かる。さて、考えてみれば、”ブログの街”の勝ち抜き戦は自由投票で決められている。純文学の編集者が決めているわけじゃない。その視点が足りなかった。
 基本的にネットは若い人たちが主流だ。若者が好む作品が強い。と言うことは。
「決まりました。この、リアジュウ バクハツさんの『剣と魔法と俺の嫁 外伝 二股男の末路』がこの中で一番の作品だと思います」

 先生はまたしても無言で、また、作品を二つに分けた。目の前に8作品が並んだ。「剣と魔法と……」はない。
「2回戦目の投票で残ったのはそれだ。どれがいい?」
 僕は額から脂汗が出るのを感じた。
 
 ネットの世界が若者が主流なのは変わらない。しかし、考えて見れば、ライトノベル系の作品が必ずしも若者全般に支持されているわけではない。ラノベのファン層は若い男であって、女性には人気があると言えない。より一般的な作風が好まれているということだろう。ラノベでは極端すぎたのだ。と言うことは、もっと、入りやすい、女性にもうける雰囲気の。

「決まりました。このオモカゲ ユメコさんの『ひだまりとねこたち』がこの中で一番だと思います」
 言って、先生の顔をじっと見て、反応を伺った。先生はにこりともせず、またしても作品を二つに分けた。僕の目の前に4つの作品が。
「準々決勝戦でそれらが残った。どれがいい?」

 僕は目の前が真っ暗になった。連続三回外した。勝ち上がれない、負けた作品を三つも選んだのだ。僕には作品を見る目というものが備わっていなかったのか?出版社に入る以前から、あれほど小説に傾倒して、多種多様な作品を読んできて、人よりは小説というものが分かっていると思っていたのに。もはや僕の自信はズタボロだった。でも、いまさらリタイアはできない。僕は先生に頼み込んだ。

「済みませんが、この4つの作品、プリントアウトされたものでなく、実際のブログで見てみたいんですけど」
 ここまで当たらないことに対し、僕は投票に作品の善し悪しとは別の要素が絡んでいると予測したのだ。組織票だ。ブログの人気が高く、固定ファンが多数いて、そのファンたちに投票を呼びかけたら?どんなに出来が悪くたって勝ち上がる道理だ。この4つの作品を作者が投票を呼びかけていないか、ブログの人気がどれくらいか、それを知らなければ次も外す公算が高い。
「ああ、構わんだろう。フジコ、彼に残った4作品が載ったブログを見せて差し上げなさい」
「わかりました」
 フジコさんは静かに答え、ブログを表示させたノートパソコンを僕のところに持ってきた。4つのブログとも人気はそれなりに高い。しかし、投票を呼びかけてはいないようだ。僕は一番カウンターの数字が大きく、読みやすいレイアウトがなされている作品に目をつけた。実際、4つの作品の中で一番ましだとも思う。

「決まりました。このミダレアユミ ドイルさんの『密室には遠すぎる』が一番だと思います」
 僕は祈るような気持ちで先生を見た。ああ、しかし、先生はまた、作品を二つに分けたのだ。

「準決勝でこれらが勝ち上がった。どっちがいい?」

 目の前に二つの作品がある。喉がカラカラになった。僕は思わず出されたお茶をすすった。そして作品を読んだ。二度、三度。
 わからない。正直、どちらもたいしたことはない。一応、文になっていて、言いたいことも分かるが、それだけだ。読む人を楽しませようとか、驚かそうとか、人を見知らぬ地平に誘ってくれる力がない。それでも決めなくてはならない。2つに1つだ。確率50%。どうする!。いっそ……。

”ど・ち・ら・に・し・よ・お・か・な。か・み・さ・ま・の……”
 僕は心の中で唱えた。

「決まりました。こちらの作品が良いと思います」
 僕は一方を指した。それを見た先生は反対の方の作品を指し、言った。
「こっちが優勝だ」

 その言葉を聞き、めまいと吐き気がしてきた。僕は崩れ落ちるのを必死でこらえた。
「済みません。一つとして当てることができませんでした」
 僕は先生の顔を見ることが出来ず、代わりにフジコさんの様子をうかがった。硬い表情をしている。僕を見る目も冷たそうに感じる。針のむしろとはこんな状態なんだろうか。

「最初に君が選んだ『霜の音』、あれは私が若い頃に書いたものなんだ」
 先生の言葉を聞き、最初は意味が分からなかった。
「えっ?」
「若い頃の習作で、出版する気もなかったが、匿名でブログにでも挙げてみようと思ってね。ついでに、勝ち抜き戦でどんな成績が出るのかと参加してみたという訳だ」

 天から音楽が聞こえてきたような気がした。
「そうですか、そうなんですか!」
 僕は嬉しくて涙を流しそうになった。やった、やった!投票では勝ち上がれず、ダメ出しされた作品。みんなが良くないと評価した先生の作品を僕は一番に押した。見る目のあるやつだと、先生は思ってくれたろう。心なしか先生は僕にほほ笑んでいる気がする。

「良かった~っ。あまり当たらないので、自分の作品を見る目を疑いましたが、やはり、思ったとおりでよかったんですね。そうですよね~。この一番になった作品が、先生の『霜の音』より数段優れてるなんて馬鹿げた話だ。文学雑誌の編集者の立場から言わせてもらえれば、この勝ち抜き戦には何の意味もないと思いますね。ただのお遊びだ」
 僕はいささかの恨みを込めて、勝ち抜き戦を評価した。

「聞いたかね、これがプロの編集者の意見だ。自分の実力を過信するのは止めなさい。お前に小説の才能はない」
 先生がフジコさんに向かって言った。
 驚く僕に、先生が説明した。
「この一番になった作品はフジコが書いたものでね。わたしの作品が鼻にもかけられなかったのに対し、フジコのは一番になった。それでフジコは小説家になりたいなどと言い出したんだ。それじゃ、編集者がどう評価するか、一度でも君がフジコの作品を選んだなら認めよう、とフジコに言っていたんだ」

 僕はフジコさんを見た。青ざめた顔で仮面のようだ。肩が震え、目だけを僕に恨めしそうに向けている。やがてくるりと背を向けると、無言でフジコさんは部屋を出て行った。泣いていたかもしれない。
「いや、君を気に入ったよ。これからはいつでも遠慮せず寄ってくれ」
 フジコさんの背中を見つめながら、僕は先生の家の敷居が更にさらに高くなったことを感じた。


-end-


「どう?」
 男が作品を読み終わった友人に聞いた。
「どうって」
「今度、これを”ブログの街”勝ち抜き戦に出すつもりなんだ」
「えっ、それはやめろよ!」
 友人が強く止めた。
「いいんだ。勝ち抜き戦なんて無意味だと、分からせてやるんだ」
 男は叫んだ。
「おまえ、いくらそれに何回も敗退して悔しいからって、そんな嫌味な作品をわざと出すのは惨めなだけだぞ。やめとけ」
「いや、出す、絶対出すんだ」
 涙目の相手を必死になだめながら、そろそろこいつに小説を書くのを止めさせたほうがいいのだろうか、と友人は心の中で思うのだった。


終わり


最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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