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饅頭こわい


 ふわっと宙に舞い上がる感覚があり、同時に周りの景色が回転した。カン=ムリは思わず目をつぶる。と思う間もなく自分が落下していくのを感じ、続いて頭が水中に突っ込まれた。
 息が出来ない、苦しい。
 なんとか水の中で目を開けると、ヴォンフォンがその長い体をくねらせ、こちらに泳いでくるのが見えた。その生物はカン=ムリに近づくと大きな口を開けた。無数の牙と赤い口内が眼前に迫る。
 次の瞬間、目の前が暗くなり、こみかみに鋭い痛みが走った。たまらずカン=ムリは叫ぶ。これ以上ないくらいに。ずっと。しかし、痛みは続く。頭蓋骨が折れる音を感じ、彼はようやく意識を失った。

 しばらくして目が覚めると、カン=ムリは実験室のベッドに寝ていた。ドクターが覗きこんでいる。
「どうだ?」
 いつもと同じ質問。このどうだは、まだ正気か?という意味だ。
「おかげさまで」
 カン=ムリは静かに答えた。



「諸葛亮が饅頭を発明したって知っているか?」
 数週間前、白衣姿の男が現れ、カン=ムリに尋ねた。彼は帰宅途中に拉致され、眠らされて、気づくと見知らぬ部屋のベッドの上だった。頭には包帯が巻かれている。

「諸葛亮?三国志の英雄の?」
 カン=ムリは自分に起きたことを問いただしたかったが、つい、そう答えた。
「そうだ」
 医者と思わしき男は、彼の答えに、ニコニコしながら続けた。
「諸葛亮が軍を率いて遠征していた時、川を渡ろうとしたが荒れて渡れなかった。すると、その土地の者が川の神を鎮める儀式を行おうとしたんだ。その儀式というのが人間の頭を切って川に投げ入れるものだった。それを知った諸葛亮が、羊や豚などの肉を小麦粉の皮で包み、そこに目鼻を書いたものを作らせ、それを儀式に使わせた。それが饅頭の始まりなんだそうだ」
 カン=ムリは白衣の男がなぜそんなことを言うのかさっぱり分からなかった。男は彼の顔を見るとさらに言った。

「では、ヴォンフォンを知っているか?」
 ヴォンフォン?ヴォンフォンと言えば。
「コズミック・エクスタシー(CE)の原料になるヴォンフォンか?」
「ふむ、知ってるか。そう、CEを作るのに欠かせない生物だ」
 男は一呼吸置き、続けた。
「実はここでそのヴォンフォンを飼育している」
「えっ!」
 カン=ムリは驚いた。ヴォンフォンは希少生物で、原産地の星にも滅多にいないと聞いている。それに、何より獰猛で、生きて捕獲された個体は今までなかったはずだった。
「すごいな。じゃ、コズミック・エクスタシーを大量に手に入れられるわけか」
 カン=ムリが感心するのを男はやんわりと否定した。
「いや、事はそんな簡単ではない。ヴォンフォンは定期的に脱皮する。そしてCEはそのヴォンフォンの抜け殻から作られる。そこで理論上は、やつを生かしてさえおけば、いくらでも薬は取れるが。しかしだ。問題はやつの餌なんだよ」
「餌?」
 カン=ムリは言った。
「うん。やつは生きた餌しか食わない。しかも、特に神経組織を好んで食べる。つまり脳みそが好きで、頭だけをかじり取る」
「それなら豚でも羊でも生きたままやればいいだけじゃないのか?多少値は張るかもしれないが、コズミック・エクスタシーの価値に比べれば、なんでもないだろう」
 カン=ムリの異議に男は冷たく笑った。

「もちろん、そうした。しかし駄目だったんだ。ヴォンフォンはそれらを口にはしたが、何故か脱皮しなくなってしまった。いろいろ調べてみると、どうも餌の神経組織の含有量に問題があったらしい。つまり、生き餌の脳みその量が少ないんだ。やつは故郷の星ではイルカみたいなやつの頭だけを食べているんだそうだ」
「では」
 カン=ムリがこわごわ聞いた。
「そう。私がここに来るまでは、生きた人間がやつの水槽に投げ込まれていた。組織の裏切り者とか、敵とか、その辺の浮浪者とかをね」
 予想通りの答えに、カン=ムリは青ざめた。と、同時にさっきの話の意味が分かった。

「さっき、あんたは諸葛亮と饅頭の話をした。と言うことは」
「そうだ。私は彼のように、人の頭部の代わりになるものを作ったんだ。ヴォンフォンの餌用としてね。しかし、最初は失敗した。適当に人間の細胞を集めて、頭部を再生したんだが、これをヴォンフォンにやってみてもやつは食べなかった。生きた餌と思えなかったらしい。それで、色々試みて、やっと好んで食べるようになってくれたんだが、その工夫がこれさ」

 男は白衣のポケットから、親指の頭ほどのチップを取り出した。
「これは生きている人間と餌用の頭部の意識をつなげる装置だ。これを使うことによって、ヴォンフォンは人造の頭部を食べるようになった」
 カン=ムリが包帯の巻かれた自分の頭に触れた。
「そう、これが君の頭に埋め込まれている」

 カン=ムリはショックで口がきけず、口をパクパクと開け閉めするだけだった。その様子を見て、男が言った。

「まあ、気の毒だとは思うが、組織に逆らったんだ。ある意味自業自得だろう」
 それを聞いて、カン=ムリは呻いた。
「別に逆らったわけじゃ」
「じゃ、なんでここに来たんだ」
 男が聞いた。
「さらわれたんだ。そりゃ、博打のツケを溜めてはいたけど、ちゃんと返すつもりだったんだ。なあ、あんた、何とかならないのか」
 カン=ムリが男にすがりつく。
「まず、無理だ。ヴォンフォンには一日一回、餌をやらなければならない。今から代わりを探してる暇はない。少なくとも今日の分は、君の意識が繋がった餌をやることになる。覚悟してくれ」
「覚悟って?」
 カン=ムリが恐る恐る聞いた。
「生きたまま頭をかじられる覚悟さ。本当に食われるわけではないので死にはしないが、精神が崩壊するかもしれん」
 カン=ムリは泣き出した。

 
 恐怖の体験の後、幸いな事にカン=ムリは正気を保っていた。そして組織から、ヴォンフォンが脱皮するまで務め上げたなら、博打のツケはなしにし、その後解放する旨が告げられた。もちろん、チップは取り除く。

「ヴォンフォンはいつになったら脱皮する?」
 カン=ムリは白衣の男に聞いた。彼はみんなからドクターと呼ばれている。ドクターは言った。
「ヴォンフォンは50日毎に脱皮する。脱皮までは今日から48日後だ」
 餌は一日一回で後48回。後48回、あの恐怖と痛みに耐えられるだろうか?
 カン=ムリの考えることを察したのか、ドクターが言った。
「チップは発信機にもなっている。逃げても直ぐに捕まるぞ」

「この仕事に前任者はいたのか?いたならどうなった?耐えられたか?」
 カン=ムリは一縷の希望を持って聞いた。しかし、ドクターはゆっくりとかぶりを振る。
「前任者は何人かいた。しかし、誰もここを無事に出て行ってはいない。みんな狂って、自殺したよ。君がそうならないことを私は望むが」
 ドクターは憐れみの目で彼を見た。
「分かった」カン=ムリがこわばった顔で言った。「しかし、俺は諦めない。絶対にここから出てってやる。絶対だ」最後は叫びになっていた。


 ヴォンフォンに食われた後、カン=ムリはいつものように言いようのない解放感に満たされていた。あのどうしようもない恐怖が終わり、からだのどこにも痛みひとつ感じない、その安堵感。そして爽快感。なぜか心が沸き立っている。
「これで21回め。後28」
カン=ムリは最後までやり遂げられそうな気がしていた。

 日々が過ぎゆき、そして遂に終わりの日が来て、ヴォンフォンが脱皮に入った。丸一日餌は必要ない。カン=ムリはチップの除去手術を受けた。
「もうこれで君は自由だ。直ぐここを出ってもいいし、手術の傷が治るまでここにいてもいい。好きにしなさい」
 ドクターがカン=ムリに告げた。
 麻酔でまだ朦朧とした顔をしながらカン=ムリは言った。
「そうか、終わったか、終わったんだな」
 なんとも言いようのない声音だった。あの恐怖をもう味あわなくてもいい。しかし、それではあの解放感は。

 そして翌朝、ドクターはヴォンフォンの飼育員から報告を受けた。カン=ムリと思われる死体が飼育槽に浮いていること。それには頭部がないことを。

「やはり、今回もダメだったか」
 ドクターはそうつぶやいた。
「チップを改変してみたが、今度も自殺を防げなかった。必ずヴォンフォンに頭を食われに行ってしまう。次の被験者にはまた別のチップを試してみるか」
 次の犠牲者が到着した知らせを受け、ドクターは部屋に向かった。


終わり

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

この記事で ブログ村 辛いトーナメント 準優勝でした。投票ありがとうございました。


 

 
 



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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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