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ある娘の話


「この娘を領主の元へ連れて行く。異存のある者はいるか?」

 年の暮れ、村の広場の台上で役人が皆を見回し言った。そばには年頃の娘が立っている。
 集まった群衆は黙りこみ、互いに周りを見る。誰一人手を挙げる者はいない。その様子に台の上の娘は一瞬驚いた顔を見せたが、直ぐにいつものすまし顔に戻った。しかし、怒りに燃えた眼差しは隠しようがない。

 この年領主が交替し、新たなお触れが出た。それは今年18になった娘全員を領主のもとに召し抱える、というものだった。
 その通達に領民は恐れ、怒り、悲しんだ。一揆の計画まで持ち上がったが、それは途中でたち消え、何も為す術を持たないうちに、ついに娘たちを召し抱えると定められた年の暮れが来た。
 
 娘を集めるための役人が一番初めに訪れた村で、役人は尋ねた。
「この娘を領主の元へ連れて行く。異存のあるものはいるか」

 恐る恐るその娘の父親が手を上げ、娘がいなくなると家事ができなくなって困ると訴えた。すると、役人はあっさり娘を放した。次の娘も同じようなもので、誰かが異議を唱えると役人は娘を連れて行くことを断念した。

 この話は直ぐに近隣の村に伝わり、人々は安堵した。どのような目に会うか分からないのに、娘を領主のところにやるわけにはいかない。とにかく、何か理由を付けて断れば穏便に事が済むとわかったからだ。

 役人は順番に村々を回ったが、召し抱えられた娘はひとりもなかった。そうしてこの村に役人がやって来たのである。

 台の上に立つ娘、ヌーリは眼前の人々を見た。一向に目を合わせようとしない父親や睨みつけている母親。ニヤニヤ笑っている兄弟姉妹。そして自分に愛を囁いた男たちのざまあみろというような顔。
 ヌーリは自分の顔から血の気が引いていくのが分かった。

 ヌーリはそこそこの器量を持って生まれ、それをいつも鼻にかけていた。当然、親しい同性の友だちはいなかった。また生来の怠け者で、親の言うことは馬鹿にして聞かず、懸命に家業を手伝う兄弟姉妹をしり目に、ろくに家の仕事を手伝おうとしなかった。さらに、いいよる男には少しいい顔をして貢がせようとするが、けして相手に尽くすことはなかった。それだけではなく、飽きるとこっぴどく振り、それを自慢気に皆に話した。

”どんな目に会うのか分からないが、あの子にはこの村の生活より領主の館で暮らすほうがいいのかもしれない。多分その方がいい”
 両親はそう考えた。
”姉ちゃんが家を出て行けば少なくとも食い扶持がひとつ減る。ろくに働いていない無駄飯食いがいなくなって清々する”
 兄弟姉妹は思った。
”ヌーリのやつ、いい気味だ。俺をさんざんコケにしやがって”
 男たちがつぶやいた。

「もう一度尋ねる。この娘を領主の元へ連れて行く。異存のあるものはいないか?」
 役人の声にやはり誰も答えなかった。
「では、この娘は領主の元へ連れて行く」
 ヌーリは台から降ろされ、別の役人がその手をひいた。このまま家へ寄ることもなく、護送用の馬車に押し込められた。その間、ヌーリは始終無言だった。もはや誰を見ようともしなかった。その目には恐怖も悲しみも絶望も一切なく、ただただ光を宿さぬ眼差しでこれから来る運命を受け入れようとしていた。

 村の18になる娘はみな台に上がり、そして戻され、イベントは終わった。ヌーリだけが村を離れ、領主の元へと向かう。村は以前に増して平和が来たようだった。
 
 その後村では幼い娘を叱る時”ヌーリのようになるよ”というふうになった。しかしそれ以外に、誰もヌーリの名を思い出すものはない。それは両親も同じだった。便りひとつよこさない娘のことは忘れかけ、最初からそんな娘はいなかったような気さえしてきていた。すでに死んでいるのだろう、と誰もが思った。

 そんなある日、ヌーリは突然村に戻ってきた。実に三年ぶりの事だった。
「ヌーリ!」
 村のみんなが驚いた。
 ヌーリは派手ではないが明らかに高そうな服装で、背後には護衛の者を従えて、村長に告げた。
「領主さまから村の皆様に言付けがあります。皆を集めてください」

 村人は集まり、奇しくも三年前のようにヌーリは台上に立って人々を見回した。
「ヌーリ、よかった。元気そうで何よりだ」
 父親が呼びかけた。
「あの時すぐにお前は連れだされてろくに話ができなかったから、少し心配していたんだ。お前がその、私たちに捨てられた、と思っているんじゃないかとね。それは誤解だよ。私たちはお前には村の暮らしより領主様のところのほうがいいと思ったからなんだよ」

 ヌーリはほほ笑んだ。
「分かっています。全ては宿命というものです。私はそのさだめに従い、懸命に身を尽くすだけです」

 まるで別人のような言葉に父親は驚きながらも喜んだ。領主のもとに出したことはやはり間違ってはいなかった。あんな困った娘だったヌーリがこんな殊勝なことを言うようになった。

「今は領主様のために与えられた仕事を一生懸命やるつもりです」
 そう父親に言ってから、ヌーリは顔を上げ、みんなを見回した。

「みなさん、私は領主様の命により、前任者に変わり、来年からこの村を含めた一帯の検察官と徴税使の役目を負うことになりました。私は三年前までここにいたので、この辺りのことはよく分かっているつもりです。
 これからはどんな軽い犯罪も見逃しません。どしどし逮捕し、懲罰に掛けたいと思います。そして脱税などはもってのほか、税はいささかの遅れもなく、必ずきっちりと、どんな理由があろうとも取りたてるつもりです。
 では、みなさま、来年からよろしくお願いします」

 ヌーリはほほ笑んだ。そして村人たちは、今回の担当者では賄賂で色々誤魔化してもらうのは難しいであろうことを悟った。

終わり
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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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