応募作
「編集長、例の賞の選考結果ですけど、今手元に届きました。これです」
担当の編集者が上司の机に書付を持ってきた。複数の作品名が書いてある。
黙って受け取った編集長はしばらく目を通したあと、書付を机に放り投げた。
「参ったね。まともな作者は一人もいないじゃないか」
腕を組み深い溜息をつく。
「でも、今回の応募規定からすればしょうがないんではないでしょうか」
担当編集者が弁明した。
「しかし、人間が一人もいないのはなあ。何とかならないか」
編集長は意味ありげに担当の者を見た。
「何とかと言われましても、私に権限はありませんし、審査員がこちらの事情を汲んでくれたりするんでしょうか?」
相手は編集長に困惑して言った。
「それもそうだな」
編集長はまた深い溜息をついた。
ニュートレンド社は古くからSFに理解のある出版社であり、内外のSFを多数世に送り出していた。さらに、SF専門誌も発行していて、その誌上で、国内でSFにおいて最も権威ある賞、ヒノモトシズム賞を公募。毎年、一年のうちで最も優れた作品にそれを与えていた。
賞の名は自国のSFの大家、ヒノモトシズム氏に由来している。この賞は年数を重ね、選ばれた作品は常に順調な売れ行きを見せていた。
しかしながら、ヒノモトシズム氏が残した作品はすべて長編であり、そのため、受賞対象の作品も長編であった。そこで、新たに短編に対する賞としてエヌシエフシ賞を設定することになったのである。
エヌシエフシ氏は未来予測に優れた、キレの良いオチの短編を多数残しており、それを受けて、編集部では、その栄えある一回目の応募要項に人間以外の作品でもよし、とする一文を入れた。
つまり人工知能により制作された作品でも賞の対象とする、というものである。その決定は関係各機関に波紋を呼び、人工知能を研究していた各研究所の意欲を刺激し、人工知能制作の作品が多数投稿されてきていた。
さらに、一部のコアなファンはエヌシエフシ氏の名を冠するのなら、審査員もそれに相応しい者でなくてはならない、と主張し、それに押し切られる形で、審査員も人工知能が担当することになった。
審査員となる人工知能はエヌシエフシの過去の作品や言動はもちろんのこと、親族、知人、関係者のエヌシエフシの性格や行動に対する証言を全てデータとして取り込み、ほぼ生前のエヌシエフシの思考と嗜好を再現できるように作られた。
つまり、エヌシエフシは死後の仮想人格ではあるが、自分自身の名が冠された賞の審査員となったのである。
その仮想エヌシエフシ氏が選んだ受賞作品、10編が全て人工知能が制作した作品だったのだ。
「審査員が人工知能だから、好みの作品も人工知能が制作したものになる、ということなんだろうか」
編集長が疑問を呈した。
「エヌシエフシ氏ってどんな性格の人だったんですか?」
担当者が相手に尋ねた。編集長は駆け出しの頃にエヌシエフシを担当した経験があった。
「どんなって、彼の作品と同じ、茶目っ気がたっぷりで、よく意外なことを言ったりやったりして人を驚かせてたよ。正直、若い頃の私はそれに振り回されっぱなしだったな」
言葉とは裏腹に、彼の中では良い思い出なのか、顔は笑っていた。
「なら、この結果もエヌシエフシ氏の冗談なんじゃないですかね」
担当者の言葉に編集長は合点がいったのか、「君、もう一度審査員に確認をとってみてくれないか」と命令した。程なく担当者が連絡を入れる前に、再び仮想エヌシエフシから担当編集者に連絡が入った。
「どうやら前のは冗談で、こっちが本当の受賞作品だそうです」
担当者が再び書付を編集長に渡した。
「エヌシエフシの人騒がせな性格まで模倣しなくてもいいのに」
そう言って、編集長が書付に目を通すと驚きの声を上げた。
「何!これはどういうことだ」
彼が驚くのも無理はなかった。佳作は普通に人間が書いた物がほとんどで、人工知能が制作したものでは入賞は2編だけだったが、大賞該当作品の題名が『応募作品』、著者はエヌシエフシとなっていたのだ。
「もう一度審査員に連絡をとれ」
編集長の指示を見越していたのか、仮想エヌシエフシがすでに連絡を寄越していた。
そこでの説明によると、どうやら『応募作品』という話は生前エヌシエフシ氏が作っておいたもので、その所在は残してあったメモに暗号化されて記されていたらしい。エヌシエフシ氏は死後、自分の名前を冠する賞が設立され、それを一般公募することがあったなら、是非応募してみたい、と親しい者に打ち明けていたそうだ。
そこでその意を汲んで、仮想エヌシエフシが作品を探し当て応募し、見事大賞を獲得した、ということなのだそうだ。
「本当なんですかね、今の話」
仮想エヌシエフシの話を聴き終わったあと、担当編集者が言った。
「わからん。確かにエヌシエフシ氏ならやりかねないと思う。だが」
編集長が腕を汲んで唸った。
「ありのままに事の経緯を発表して、読者やこの賞に応募してくれた人達が納得するだろうか」
「それは、ちょっとわかりませんよね」
「しょうがない」
結局栄えあるエヌシエフシ賞は第一回目にして該当作品なし、となった。代わりにエヌシエフシ氏の未発表作品発見と銘打って、『応募作品』が雑誌に載った。その短編は反響を呼んだが、本当に生前のエヌシエフシ氏が書いたのか、仮想エヌシエフシが作ったのかは最後まで分からなかった。
-end-
「どう?」
若い男がニコニコしている。
「おもしろいでしょう?」
「あ、ああ」
相手がそれに促されて返事をした。
「これ応募すんの?」
「いや、それが迷ってるんだ。いや、自信がないわけじゃないんだけどね。応募すれば大賞は間違いないだろうけど、この話はぼくが死んだ後のしかるべき時に発表するほうがふさわしいかなって思ってね」
「えっ、あ、あっ、そう」
エヌシエフシは彼が使っているペンネームだ。彼の頭では自分の死後、自分の名前を冠した賞が作られることになっているらしい。ちなみに彼はまだどんな小説の賞に応募もしていない。彼のその誇大妄想にいつも付き合わされている友人は深い溜息をつくのだった。
終わり
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