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カタハネ


「今日は新しい話をしてやろう」
 暖炉の前で老人が語り出した。老人の前には彼の孫たちがいた。夕食後、彼らが寝るまでの間、老人は時々気が向くと孫たちに話を聞かせてやるのだった。
 
「昔々、人には羽があった」
「羽?」
 孫たちが驚いた。
「羽って、あの鳥が持ってるやつ?」
「そうだ、その羽だ」
 老人が肯定するのを聞いて、子供たちはざわめいた。それが収まるのを待って、老人は続けた。

「昔、それで人は空を自由に飛んでいた。トンビより高く、ツバメより早く飛んだ。地上も空も人に勝てるものはいなかった。世界は人間のものだった。
 しかし、それは長くは続かなかった。敵がいないことで人は段々傲慢になり、ついに神をもないがしろにするようになったのだ。まあ、早く言えば、お祈りもしなくなったんだ」
「ああ、それは良くないよ。お父さんもお母さんもお祈りは絶対欠かしちゃいけないって、いつも言ってるもの」
 孫の一人が言った。

「そうだ。その通り。大変良くないことだった。人間たちのその態度に神様はたいそうお怒りになり、そこで全ての人間の羽をむしりとってしまった」
「うわっ、痛そう」
 一番臆病な孫が顔をしかめた。

「うん、痛かっただろう。みんなエンエン泣いたかもしれんな。とにかくそれで人は飛べなくなった。それだけならまだ良かったのだが、その時、人は3つの種類に分かれてしまったんだ。つまり、右の羽を持つ者と、左の羽を持つ者、そしてそのどちらも無い者にな」

「えー、なんで?なんで、神様はそんなことをしたの?」
 子供たちがたずねた。
「神様がただ飛べなくするだけでは罰としては軽すぎると思ったんだろう。
 神様の狙い通り、人間の世界に平和はなくなった。片方だけでも羽のある者達は、まったく羽がなくなってしまった者達を馬鹿にし、さげすんだ。
 そして、左の羽を持つ者は右の羽を持つ者を敵視し、右の羽を持つ者も同様に左の羽を持つ者を警戒した。
 人間は同じ格好の者同士で固まり、違う格好の者達と争い合うようになった。もはや人間は地上の動物の中でもかなり弱い部類になってしまった。まあ、同じ人間同士で争っているのだから当然のことだ」

 話しに引き込まれたのか、子供たちは誰一人無駄口をたたかなくなっていた。
「そんな時代が長く続いたが、ある時、羽をまったく持たない人間の一人があることを思い立った。
 そいつは自分の思いつきを実行しようとし、右の羽を持つ人間に声をかけた。
『ねえねえ、右の羽を持つ君。ぼくの右側に来て肩を組んでくれないかな?』
 右の羽を持つ者は相手のことを変なことを言うやつだと思ったが、羽のないやつの格好が非常にみすぼらしいので、なんだか哀れに思い、肩を組んでやった。

 すると今度は左の羽を持つ者に
『ねえねえ、左の羽を持つ君。ぼくの左側に来て、肩を組んでくれないかな?』と誘い、これまた左の羽を持つ者も、小馬鹿にしながらも羽根のない者と肩を組んだ。

『ねえねえ、お二人さん。二人がリズムを合わせて羽を動かしたら、空が飛べると思わない?』

 意外な提案に二人は驚いたが、駄目で元々と思いなおし、羽を動かしてみた。しかし、その動きはバラバラでとても飛べそうにはない。

『ねえねえ、お二人さん。ぼくが拍子をとるからそれに合わせて羽を動かしてくれる?』

 二人は承知し、真ん中に位置した羽のない者が声をかけた。
『上に、下に。上に、下に』

その声に合わせ、二人が羽をうごかす。
『上、下、上、下。このまま走ってみようよ』

 羽のないものに促され、三人は走った。
『上、下、上、下』
 掛け声の速度はどんどん早くなり、もうこれ以上の速さでは羽を動かせないところまで来た時、三人の体は宙に浮いた。

『やった、やった!』

 三人が力を合わせることで、ついに空を飛ぶことができた。からだの重さが三人分のため、昔の人間のように、トンビより高く、ツバメより速く飛ぶことはかなわなかったが、それでも、空を自由に駆け回ることができた。
 三人は猛獣からは簡単に逃げることができ、遠くへ行くことも可能になり、バラバラでいる他の人間たちより、多くの獲物を取れるようになった。

 それを見た他の人間たちも組んで空を飛ぼうとした。しかし、気が合う者はなかなか現われず、うまく組めても飛ぶ能力を身につけるまでの間に仲違いしたりなどして、ほかに飛べるものは誰もでなかった。

 ほかのみんながそんな苦労をしている間に、最初の三人はゆうゆうと空を飛び、獲物を大量に捕獲して、楽に暮らしていた。

 その姿が皆の癪に障り、ある日ついにみんなは三人をうまく騙し、三人を一遍に殺してしまった。

 そのことがあってから、もはやみんなは組んで空を飛ぼうという考えは抱かなかった。
 その出来事が忘れ去られると、時折、組んで飛ぶ者が現れたが、最初の三人と同じ道をたどり、みんなに殺された。

 そんなわけで今も人は飛べずに地上をウロウロとしているのだった。

 おわり」

「えーっ!」
 孫たちが叫んだ。
「なんで?それでおしまい?今僕たちは羽なんか持ってないよ。片方だけ羽を持っていた人はどうなったの?」
 明らかに不満な子供たちに老人が言った。
「んーっ。後のことは知らん」
「えーっ、おかしいよ!」
 子供たちが口々に叫ぶのを聞いて、母親がやって来た。

「さあさあ、あなた達、もう寝なさい」
 まだ不満そうではあったが、母親のその言葉に子供たちは渋々従った。
 子どもたちが寝室に向かうのを見送ったあとに、母親は老人に言った。

「お義父さん。子供たちに変なことは吹き込まないでくださいます?」
「別に変なことなど言ってないぞ」
 おどおどしながらも老人が反論した。

「そうですか?実の息子なんですから、言いたいことがあったら直接、夫に言ってください。子供たちをだしに使うのはやめてもらいます」
 真顔でそう言われ、老人は下を向いてつぶやいた。

「まったく、あのバカ息子が。右翼と左翼の間を取り持つことを目的とする党の党首になっただと。奴はその意味も危険性もなんも分かっておらん。バカめ。ヘタすると国を滅ぼすぞ」

 老人はそばにおいてあった酒瓶を震える手で握り、一気にあおった。その姿は政界の長老として君臨した頃の面影はもはやどこにも見いだせなかった。

終わり



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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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