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別れた二人


「はい」
 やや緊張気味の、少し怒りの混じった声でナーリーは電話に答えた。
「あっ、俺。元気だった?」

 こちらもまた固い抑揚で相手にたずねる。
「何?今さらなんの用?」
 ナーリーはつっけんどんに返事をした。どうやら和やかに話せるムードではない。やはり、簡単にはいかないか、と、ダナスは思った。

「いや、用ってほどのことでもないんだけど、実はウイパーのことで、ちょっと聞きたいことがあってさ」
「えっ、ウイパーがどうかしたの?」
 その名前にナーリーは即座に反応した。


 二人が別れてふた月ばかりが過ぎていた。同居までしたのに、ダナスは腰が落ち着かず、ナーリーは浮気に苦しめられて別れたのだった。
 ナーリーは新しい部屋を探し、二人の部屋においてあった自分のものすべてをまとめ、引っ越していった。
 ただし、一つだけ問題があった。猫のウイパーだ。半年前に彼女が拾ってきて、二人で飼っていたぶち猫だ。
 ほとんど面倒は彼女がみていたが、彼、ダナスもそれなりに可愛がってはいた。彼女は猫を引き取りたかったが、急遽探しだした部屋はペット禁止で、彼女は泣く泣く、不実な男にウイパーを託したのだ。

「まさか、具合でも悪いの?」
 本当に心配そうにナーリーが聞く。
「いや、今は大丈夫、大丈夫なんだけど・・・」
 なにか歯切れが悪い。彼女は強い口調で相手をののしった。

「なによ!はっきりしないわね。ちゃんと分かるように説明してよ!ウイパーがどうしたのよ!」

 相手の剣幕にダナスは一時、ケータイを耳から離し、相手が落ち着くのを待ってから、話しだした。

「いや、実はなんて説明したらいいのか、うまく言えないんだけど、君が出て行ってすぐ、ウイパーがまた結膜炎になったんだ」
「また!」ナーリーが叫んだ。「ダナス、あなたちゃんと爪切りしてあげなかったでしょ。自分で目を引っ掻いてしまったのね。ウイパー、可哀想に」
 そう言って、ナーリーは黙った。それを見計らい、ダナスが話を続けた。
「うん、君の言う通り、自分で目を引っ掻いたのが原因だろうけど、そんなひどいことにはならなくてね。二三日目薬を挿したら治った」
「ああ、そうなの、それならよかった」
 ナーリーは安堵した。
「ところがそれからすぐに、今度は俺が結膜炎になったんだよ」
 ダナスの声には不安がにじみ出ていた。
「へえ、それが何?ただの偶然でしょ」
 ナーリーは軽く応えた。

「うん、俺もその時は偶然ってあるんだな、って思って、特に気にもとめなかったんだ。多分、目にゴミでも入ったんだろうってね」
 ナーリーはそれに対し黙っている。
「まあ、それからしばらくして、今度はウイパーは風邪をひいたんだ。鼻ぐじゅぐじゅさせて、一切食欲がなくなってしまって、さすが、焦って病院に連れて行ったよ。病院の治療のお陰ですぐに良くはなったんだけどさ」
 相手は黙ったままだった。
「やれやれ、一安心と思ったら、今度は俺が風邪さ。鼻水が止まらなくなって、困ったよ」
 ナーリーは応えなかった。
「この時もただの偶然だと思った。俺の周りで風邪はやってたしね。その時はそう思ったんだけど」

「あの、呪いのやり方、効くのね」
 唐突にナーリが言った。もはや隠しておけないのか、嬉しそうだった。
「呪い?何だ、呪いって」
 ダナスが慌てて聞き返す。
「呪いだから呪いよ。あなたに掛けたの。呪いを」

「えっ、どういうことだ!」
 ダナスの声に恐怖の色が混じっていた。
「ふふ、実はね。ウイパーをあなたのところに残していくのが心配だったので、半信半疑だったけど、ペットがひどい目にあった場合、飼い主も同じ目にあう呪いというのをかけたの。まさか、本当に効くとは思わなかったけど、これで安心だわ。ダナス、あなたは絶対ウイパーを捨てたり、虐待したり出来ないってこと。わかる?
 まあ、気を落とさないで。私がペットOKの部屋に引っ越したら、ウイパーを引き取って、その時呪いもちゃんと解くから」

 ナーリーの説明にダナスは答えず、ただ呆然としているようだった。
 長い沈黙に耐え切れず、ナーリーが言った。
「なに?そんなにショックだったの。でも、これでおあいこでしょう。私はあなたの裏切りにどんなに泣かされたか。それに比べたら、あなたはウイパーを大事にさえしてれば大丈夫なんだから」
 ダナスは答えない。
「分かった、悪かったわ。呪いなんて、陰湿なことして。でも、まさか、本当に効くとは思わなかったのよ。許して」
 ナーリーの謝罪にダナスはか細い声で応じた。
「いや、君は悪くない。君を傷つけた俺が悪いんだと思う」
 しおらしい物言いだった。ナーリーはまた、ダナスに対する思いが消えてないのがありありと自覚できた。
「あの、わたし」
 言いかけたところで、ダナスが先にナーリーに言った。

「ナーリー、よかったらやり直さないか」
 予想外の言葉に、ナーリーは歓喜した。
「もう、浮気はしない。絶対だ。したくても出来ないしね。なぜって、先週、ウイパーを病院に連れてって、去勢したんだ。今の俺の状況、察してくれるよね」

 ケータイから涙混じりのダナスの声がナーリーの耳に響いた。

終わり


最後までお読みくださり、ありがとうございました。

この記事で ブログ村 自作小説 2014.02トーナメント 予選敗退でした。投票ありがとうございました。
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ジャンル : 小説・文学

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ジャック・リッチーの短篇集を読んで、その読みやすさに感銘を受けた火消茶腕です。

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